アンドロイドは電気太夫の義太夫を聴くか

「人間とは何か?」というのは古来関心を集めてきた問題であるらしい。「あるらしい」と書いたのは、おれが馬鹿なうえにあんまり知識がないからだ。

 馬鹿なりに面白いなあ、と思うことがある。たいがい、人間論というのはその時代の科学技術の傾向に影響を受けるようだ。たとえば、産業革命で物理的な機械が発達した時代には解剖学的な人間理解が行われた。DNAという一種のコードが解明されていった時代(今もまだそのフェーズだが)にはメタなんちゃらとか、情報論やプログラムとしての人間理解が進められた。このところはA.I.とネットワーク化が関心を集めているから、おそらくパターンを組み合わせるプレイヤーとそのつながり方の相互作用という視野で人間を論じることになるのだろう。たぶん。おそらく。知らんけど。

 人間は自分のことを理解しようとするとき、外に存在する別のモデルをヒントにするのだと思う。そのモデルが急速に発展しているときには、「おおお。そういうふうになっておるのか!」という刺激が強くなるから、それを人間論に活かしたくなるんじゃないか。

 あんまり哲学・思想方面に強くないのでアレなんだが、人間を合理的に理解しようとするだけではちょっと足らんのではないか、と、おれは例のやぶにらみの霊感で思う。人間には歌舞音曲で喜び、悲しみ、楽しむココロというのがあって、これはあんまり他の動物にはない。そこんところを人間理解につなげるとまた面白いと思うんだが、いかんせん、歌舞音曲方面の科学技術というのはエジソンのレコードとシンセサイザーシーケンサー、およびその発展形くらいしかできてないから、外にあるモデル(ヒント)が足りないのだろう。

 A.I.がどういう形でどこまで進むのか、おれなんぞにはわからないが、ちょっと期待は持てる。義太夫を語れるA.I.が登場したら「人間とは何か?」にも新しい見方が出そうだが、しばらくは難しいかな。