映画の口上

 今朝の新聞に、ある邦画の広告が載っていた。大きな文字で「N.Y.熱狂!!」とある。

“大げさだな……”と思ってよく見ると、「N.Y.」の下に物凄く小さな文字で「(2.6ワールドプレミア)」と書いてあった。事情は知らないが、ニューヨークで上映会をやったら好評だった、ということではないかと思う。

 この広告を見て、改めて思ったことが2つある。

 1つは、海外からのお墨付きに弱い人が多いのであろうなあ、ということだ。例の「全米が泣いた!!」という宣伝文句に代表される心理である。

 少し前の新聞に「『おくりびと』の受賞に沸いたアカデミー賞授賞式。」という文があった。わたしは会場にいたわけでないので想像だが、「おくりびと」が受賞したからといって特別沸きはしなかったのではないか。受賞作品や受賞者が発表されるたびに拍手喝采となるのは、まあ、慣例であり、礼儀のようなものだろうと思う。沸いたのは、授賞式の会場ではなく、あくまで日本のマスコミであろう。

 海外――というか正確には欧米で評価されたと聞くと、ほとんど反射的に誇らしげな気を起こしてしまう。わたしにもそういう心の動きがある。例えば、日本的経営が欧米で見直されている、とか。あるいは、日本製アニメや“カワイイ”ものが海外で高い評価を受けている、とか(ゲロゲロ、と思うのだが)。

 先の「N.Y.熱狂!!」という宣伝文句は、そこらへんを見透かして、遊び感覚で作ったのだろう。洋画の宣伝のパロディなのだと思う。まあ、映画の広告は、公正取引委員会の不当表示の追求を免れている数少ない分野であるからして、好きなようにやればよい。大げさな宣伝文句も、映画の楽しみのひとつではある。

 もう1つ思ったのは、映画の配給というのはサーカスや見せ物小屋と同じ類の興業なのだなあ、ということだ。落語にある「山で艱難辛苦の末に捕らえた六尺の大イタチだよ! ほらぁ、近寄ると、危ないよ!!」という口上と、映画の宣伝はとてもよく似ている。発想はほとんど同じかもしれない。

 わたしらは(一緒にして申し訳ないが)、映画をつい「作品」と捉えてしまう。しかし、映画館や配給側からすると、一回の上映時間にどれだけ客を集めるか、が勝負だ。だから、見せ物小屋のごとく大げさな口上で客を呼び込むのだろう。というか、映画館は、まんま見せ物小屋である。

 長い映画は映画館や映画会社に嫌われる。時折、映画会社が作品を勝手に編集して監督ともめた、なんていう話を聞く。映画を「作品」と見る立場からすると、監督側に肩入れしたくなる。しかし、映画館や映画会社からすると、2時間の映画と3時間の映画を比べれば、単純計算で客の回転が1.5倍違う。売り上げが1.5倍違うとなれば、問題にもしたくなるだろう。

 映画は見せ物であって、映画館は見せ物小屋の系譜につながっている。呼び込みも含めた見せ物小屋の文化は映画館に受け継がれている。だから、「さあ、さあ、ニューヨークで大評判の映画だよ!」とか、「全米が涙した! あなたも涙なくしては見られない。ささ、お嬢さん、ハンカチをお忘れなく」という類の宣伝文句は、文化的に正しい流れにあると思う。