翻案・ヘンゼルとグレーテル三日目


 エー、今日で三日目となるわけでございますが、このヘンゼルとグレーテルの翻案をやっておりますと、さすが知られているだけあって、よくできた話だと思いますな。


 聞いている人達が、それでそれで、と引き込まれるような、スリルがある。森の奥のほうへ――あたくしは山ということでやっておりますが――入っていく、その何とはなしの不気味さ。不安。


 それから突然、お菓子の家なんていう派手なものが出てきて、聞いている者の気分をこう、パッとさせる。
 パッとしたかと思ったら、今度は、ふたりの子どもが魔法使いにとっつかまってしまう。


 飽きさせないように、うまくできております。ええ。


 ストーリーの目立ったところを取り上げるとそういうことなんですが、この話の根っこのほうには、ンー、かなり嫌なものが横たわっております。
 飢饉、飢え、それから子捨て、口減らし、間引きなんていう、昔の陰惨な出来事が見え隠れしておりまして、そういうものが人の心の深いところに響くんでございましょう。


 できれば目をそらしておきたい嫌な出来事というのは、グリム童話のドイツも、日本も変わらないようでございます。


 さて、話に戻りまして、山姥にとっつかまった平吉とお照。平吉のほうはというと鶏小屋に閉じこめられ、お照のほうは山姥にこき使われております。


 山姥は平吉を太るだけ太らせて食べてしまおう、と考えておりまして、お照に料理を作らせては平吉のところに運ばせている。平吉はもちろんですが、料理を運ぶお照にとっても、たまらなく辛いことでございましょう。


 食事を運ぶお照は泣いております。平吉は山姥に聞こえないように小さな声で、


「な、お照。今度、料理を運んでくるとき、薪を一本持ってきてくれよ。なるべく細っこいやつがいい」
「どうして?」
「ちょっと考えがある。婆さんには見つからないようにな」


 お照は、山姥の目を盗んで、かまどの薪を盆の下に隠し、平吉のところに持って参ります。


 山姥はというと、毎朝、鶏小屋にやって来て、


「平吉。腕を出してみせな。そろそろ脂がのってきたかどうか、見てやるべさ」


 平吉は薪を一本、代わりに出します。山姥は年で目が霞んでいるものだから、見分けがつかない。


「ふーむ、まだ脂がのらんのう。太らんのう」


 そんなことが続きまして、かれこれひと月経ちますが、相変わらず平吉は痩せこけたままでございます。それはそうでしょう、薪が太るわけがない。
 山姥はとうとう痺れを切らしてしまった。


「やい、お照! さっさと水を汲んできな。平吉の餓鬼め。太っていようが、痩せていようが、ぶっちめて、煮て、食ってやるべさ!」


 お照は水汲みながら、激しく泣きます。


「ああ、いっそ山で獣に食われたほうがマシだった! そしたら、ふたり一緒に死ねたのに」
「やかましい、この餓鬼め! 泣いたって喚いたって、何にもなりゃしねえぞい」


 お照は言われるがままに、大鍋に水を入れ、薪に火をつけます。


「先に飯を炊け。竈にはもう火が入っているし、米も入れてあるからの」


 山姥は、お照を竈のほうへ突き飛ばします。竈からはちょろちょろ炎が赤い舌を出している。


「中へ這い込んで、見てみな! 火がよくまわっているか、見るんだよ!」


 山姥は、お照を竈の中に入れて、蓋を閉めてしまうつもりだったんですな。
 中でお照を炙って、煮た平吉と、焼いたお照を食ってしまおう、という、恐ろしい魂胆でございます。


 ところが、お照は山姥の腹の中を見て取っていた。


「あの、あたい、わかりません。中へ入るには、どうすれば」
「馬鹿め、このクソネズミ! 口はこんなに大きいじゃろが。この通り、この婆だって、そっくり入れらあ」


 竈に首を突っ込んだ山姥の尻を、お照はトンと蹴飛ばします。山姥ははずみで竈の中に転げ込む。
 お照が素早く蓋をしめて、かんぬきをかけたからたまらない。さあ、その焼かれる山姥の叫び声の凄いこと。


「焼けるぅ! 焼けるぅ! 爛れるぅ!」


 お照は両手で耳をふさいで、鶏小屋へと走ります。


「お兄ちゃん、助かったよ。山姥の婆、やっつけた!」


 戸を開けると、平吉が飛び出してきて、ふたりして、抱き合って喜びます。


 山姥の声もようやく途絶えて、小屋の中を探してみますと、床下の穴に山姥がため込んだ、大判小判がざくざく。山に迷い込んだ、哀れな旅人から奪ったものなのでございましょう。


 それを包んでしょい込んで、平吉とお照、小屋を出ます。いっ時ばかり歩くと、川にぶつかり、流れに沿って下ると、ようやく里へと出ることができました。


 懐かしい炭焼き小屋に飛び込むと、お父っつぁんの首に飛びつきます。
 炭焼きの親父も泣きの涙。
 ふたりを山の中へ置き去りにしてから、自分のしたことが恐ろしくて、悲しくて、一度たりとも笑うことがなかったんですな。


 まま母はというと、そのひと月の間に亡くなっておりまして、それからは、親子三人、山姥のところから持ってきた大判小判で幸せに暮らしたと申します。


 ――エー、「それは都合がよすぎる!」というご指摘もございましょうが、これはもう、グリム兄弟がそう書いているんだから仕方がない。ええ。抗議はひとつ、向こうのほうへお願い申し上げます。


 この話には、実は後日談がございます。


 山から帰った平吉、大きくなるにつれて悪い遊びを覚えていった。
 いわゆる、呑む・打つ・買う。まだいくらも年がいかないのに、すっかり、そっちのほうに染まってしまった。


 お照は心配でなりません。


「お父ちゃん。いったい、お兄ちゃんはどうしちゃったのかしら」
「んー、仕方ねえべさあ。わしらにあんな目に合わされたんだからの。山姥には食われそうになるし」
「心の傷、ってやつ?」
「それもあるけど、元の話が話だで」
「元の話?」
「ああ。平吉がぐれーてる」


(追い出しの太鼓)


 やるんじゃなかった。

                • -


「今日の嘘八百」


嘘五百十四 次回は「ジャン・クリストフ」の翻案に挑戦したいと思っております。