「あ」の字というのはなかなか偉いやつで、五十音のひらがな筆頭を務めている。
元々、ひらがなは、五十音より「いろは」のほうが幅をきかせていた。「いろはのい」というくらい「い」の字がいばっていたのだけれども、昨今はだいぶ廃れた。
「あ」の字は「あさきゆめみし」と「いろは」では三十六番目の席次だったが、今では「い」の字を従えて先頭に立っているのだから、大したやつである。
実はなかなかの術者でもあって、こやつが張り付くといろんなものの様相が変わる。
例えば、昨日、ちらりとふれた芭蕉の「むざんやな甲の下のきりぎりす」。あの句に「あ」の字が張り付くと、こんなふうになる。
むざんやなあ甲の下のきりぎりす
なぜか関西人がしみじみ感じ入っているふうになってしまうのである。
こんなのもある。
名月やあ池をめぐりて夜もすがらあ
芭蕉先生、どうやらヨッパラっていたらしい。