侠気のノロウイルス男

 身動きもできない満員電車の車内上空に、このピンク色のウイルスが飛んだら、凄いことになるだろう。


 発見した乗客から悲鳴があがる。悲鳴はまわりの乗客に伝染する。「キャー!」、「ウワー!」と車内は大騒ぎである。
 ウイルスのほうはそんなことなぞ、どこ吹く風。いい気で(かどうだか知らないが)フワフワ飛んでいる。


 乗客は身動きできないから、上を向いて、自分のところに来ないよう、ウイルスにフーフー必死に息を吹きかける。
 大勢の人がそうするもんだから、車内の空気の流れは複雑になって、ウイルスは思いもよらぬ動きをする。なぜか急降下して、ひとりの男の肩にとまる。


 きっと、夜の満員電車でゲロを吐くやつが出たときみたいに、男のまわりには円状の空間ができるね。身動きもできなかったはずなのに。


 男は、わーっと、本能的に肩のウイルスを振り払うが、そのせいでまたウイルスが舞い始める。なぜだか数が増えている。


「バカヤロー、何しやがんだ!」と、まわりから罵声が飛ぶに違いない。


 そこに登場するのが、高倉の健さんのごとき侠気の男だ。


「あっしに任しておくんない」


 それだけ言って、ウイルス(のついた乾燥したウンコかゲロのチリ)をぱくり、ぱくりと口に入れていく。


 あ〜あ、これが男ぞ、桜ばな、と、乗客からため息が漏れるね。


 駅につくと、侠気の男は黙って電車を降りていく。後ろからの拍手と感謝の声は、閉まる扉で籠もった音になる。


 そうして、一日、二日が経ち、高倉の健さんのごとき侠気の男は、ゲロまみれ、ウンコまみれで苦しむのである。

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「今日の嘘八百」


嘘三百六 徳目について語る教育会議は、時代劇ファンの会みたいなことになっているという。


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