何もしてないのに、棚から物が落ちることがないだろうか。
わたしには時々ある。
別に地震があったわけでも、近くで工事が行われているわけでも、ダンプカーが通ったわけでも、風が吹いたわけでもないのに、本やら薬の箱やらポケットティッシュやらが落ちる。
あれはどういうことなんだろう、と思う。
落ちるからには、何かがあったはずである。ニュートン先生に訊いても、寅彦先生に訊いても、たぶん、そう答えるだろう。
ムツカしい言葉では「閾」と言うのだろうか、棚にはここまでならオッケーだけど、ここから先は落ちますよ、という位置があるはずだ。
棚の上に物があるとする。ほんのちょっと押す。大丈夫。さらにちょっと押す。大丈夫。もうちょっと押す。そろそろかな? ちこっとだけ押す。セーフ。ミクロン単位で押す。残った。アキレスと亀的に無限小で押す――あー、落ちちゃったー。
そういう位置が、棚と落っこちる物との間にもあるはずなのだが、では、物はそこに向かって、地道ににじり寄っていくのであろうか。
もうほとんど、人間には知覚できないほどのわずかな速度、大陸が移動するのと同じくらいの気長さでにじりにじりして、一線を越えた途端、わーっと落っこちる。カタストロフィー。そういうことなのか。
もしそうだとしたら、物がにじっていく理由があるはずである。
一番考えられる原因は、人間に感知できない微震動や空気の動きだ。体では気づかない地震とか、工事やクルマの通過による震動とか、気流とかはあるだろう。
そういうものが物をほんのわずかずつ動かして、一線を越えたらバサッ。
これはまあ、妥当な線だ。