飲酒車両

 電車に女性専用車両が設けられてしばらく経った。導入される前は、いろいろ異論(洒落ではない)もあったようだが、割とすんなり受け入れられているようだ。


 いつだったか、女性専用車両にうっかり乗ってしまったことがある。


 始発駅で、電車は止まっていた。
 吊革につかまっていると、あちこちから視線を感じた。
 それが女性ばかりなので、「おお。何か知らんがモテてるぞ!」とヨロコんでいたら、女性専用車両だと気づいた。


 ドアから出ていくときの気恥ずかしさ。自意識過剰はラクじゃない。


 これで日本では、禁煙車両と喫煙車両(ニコチン中毒者専用車両、略してニコ車とでもしたほうがいいと思うのだが)、普通車両(と言うのかな?)と女性専用車両の2種類の分け方ができた。


 もっと他の分け方はないか、と考えてみて、禁酒車両と飲酒車両というのを思いついた。


 わたしは酒が好きなので、そういう分け方をされるとちょっと不便なのだが、酒が嫌いな人も世の中には多い。
 確か、日本人の1、2割は体質的に飲めない人だったと思う。あるいは、飲めても、酒が嫌いな人、ヨッパライのだらしなさを嫌う人も多いだろう。


 新幹線に乗ると、駅から発車したと同時に、あちこちからプシューッ、プシューッと缶ビールを開ける音がする。
 ワンカップや紙パックの日本酒を飲み出す人を見ると、「好きだなあ」と思う。


 しかし、あの酒の臭いが嫌でたまらない人も、きっといるだろう。
 あるいは、集団でヨッパラって、野卑に、傍若無人にゲラゲラやっている人々を見ると、わたしだって不快に思う。


 だから、禁酒車両、弱飲酒車両、強飲酒車両と三段階に分けたらどうか、と思うのだ。


 禁酒車両は、一切、禁酒。まあ、これは当然。


 弱飲酒車両はせいぜい缶ビールを1、2本飲む程度。
 出張でも、観光でも、長距離移動するときに飲むビールはうまい。軽く酔いたい、着くまで眠れるようにというのもあるが、あの「気分」もいいのだ。


 で、強飲酒車両だが、これはもう、居酒屋状態である。
 ワゴンサービスを待っていては効率が悪いし、販売側としても機会損失になるから、車両の一角が売店と化している。


 オヤジ達はいっせいに靴を脱ぎ、ついでに臭い靴下も脱いで、前の席に足をかける。
 あちこちワンカップ大関による乾杯が行われ、瓶ビール派は「ささ、どうぞ、どうぞ」、「いやいや、おっとっと」と酌のやりとり。なぜか、ふたりで腕を交差させるドイツ式で生ジョッキをグビグビやる連中も現れる。
 イカの薫製、なとりの珍味、枝豆、鶏モモ、アブラだらけのサラミが飛び交い、車内備え付けのテレビでは、やっぱり、高校野球をやっていてもらいたい。


 ゲラゲラ笑うわ、猥談は始まるわ、泣き上戸が別れた女房と子供を思い出すわ、いい加減な政治談義をやってるわ、喧嘩が始まって時速数百キロで走る列車の中で「表に出ろ!」と非現実的なことを言い出すわ、まあ、大変な騒ぎである。


 とまあ、そんなふうに想像してはみるのだけれども、本心ではせいぜい禁煙と女性専用車両くらいにとどめておいたほうがいいようにも思う。
 あんまり分離、分離で、好ましくないものを遠ざけすぎるのも、耐性を弱めてしまうのではないか。


 あ、オカマ専用車両というのもいいな。恐るべき光景が広がるような気がする。


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「今日の嘘八百」


嘘百二十一 おれの前世は山田村の五八。