平穏の日

 もし、非常に平穏で、なーんにもニュースらしいニュースのない日があったら、どうなるのだろうか。
 まあ、平和で結構だけれども、それはそれで、あちこち困るような気がする。


 新聞社では、初めのうちこそ、「今日は事件がないなあ。ひさしぶりに机でも整理するか」などとのんびり構えているが、だんだん、これはのっぴきならない事態だとわかってくる。


「何かあるだろ、スポーツとか」
「いや、それが申し合わせたように、今日は大会がないんです」
イラクはどうだ? アフガニスタンは?」
「うちの記者は引き上げちゃいましたしねえ……。海外の通信社によると、大きな動きはないそうです」
「それでも少しはあるだろ」
「そうですねえ――バグダッド郊外の町で、民兵民兵がケンカしたそうです」
「それだ! 武装勢力内の権力抗争。いいねえ」
「いや、さすがにそれはねつ造ですよ。イカサマ・ポーカーで負けた若い民兵が、弁慶の泣き所を蹴飛ばして、蹴られたほうが泣いちゃった、ってそれだけの話ですよ」
「うーむ……。そうだ! こういうときこそ、調査報道だ!! 生活保護がどうのとか、労働基準局でサービス残業していたとか、何かあるだろ。何たって、調査報道こそ、新聞の花だからな!」
「そんなこと言って、いつも、『こんな地味な記事、誰も読まん!』って、破り捨ててるくせに。最近じゃふてくされて、誰も調査報道なんかやりませんよ!」
「政治家はどうだ。誰か問題発言してないか。麻生とか、安倍とか」
「総裁選も近いでしょ。最近はみんなセーブ気味で」
「首相は?」
「ひさしぶりの公休で、一日、官邸に籠もってます」
「こういうときだ。ちょっとだけ出てきてもらって、話を聞いたらどうだ。靖国とか歴史認識とか、適当にカマをかければ、ひっかかるだろ」
「それがひどい下痢だそうで。朝からトイレに出たり入ったりらしいですよ」
「『首相、朝から下痢』じゃあ、一面にはなあ。芸能方面はどうだ?」
空中元彌チョップが進化中、とか」
「ううむ。個人的には非常に興味あるところだが、さすがに世間一般にはなあ……。パンダとか何か、そういうニュースはないの? 珍獣方面っていうか」
「そうですねえ。一応、電話で当たってみますか」


 というわけで、その日の一面トップ記事は、


札幌円山動物園でカバが交尾


 後は、広告以外、空しく白紙の面が続く。


 テレビのニュース番組も大変である。なーんにもニュースがないままに放送時間が来てしまうのだ。


キャスター「ちょっと、そんなこと言ってどうすんの? 何もないってさ。こっちだって、困るって。え、何? ……あ、どうも。こんばんは。えー、夜のニュースです。あの……山田さん、どうですか」
解説者「え、いきなり、おれ? じゃなかった、私? いや、あの、えーと」
キャスター「えー、2月も10日を過ぎたわけですけれども。どうですか」
解説者「(どうですか、って言われても……)いや、過ぎましたねえ。山本さん、どうですか」
女性アナウンサー「わ、私に振らないでください! あ、失礼しました。あの、えと、天気予報とか、どうですか」
キャスター「そうだ! 天気予報、天気予報! 天気予報があった! え、まだ来てない? 気象予報士が? ひどい二日酔いで? ちょっとどういうこと……あ、こちらの話で。大変失礼しました」
女性アナウンサー「(小声で)カンペ、出てますよ」
キャスター「あ。えー、『明日の天気は全国的に今日と同じ』、だそうです。繰り返します。『あ・し・た・の・て・ん・き・は・ぜ・ん・こ・く・て・き・に・きょ・う・と・お・な・じ』、だそうです」


 この時点で、放送開始からまだ3分しか経っていない。


キャスター「ねえ、山田さんのところも息子さんがいらっしゃるわけですが」
解説者「(何が、山田さんのところ『も』、だ)ええ、います、いますよ」
キャスター「いかがですか、最近」
解説者「いや、そう言われても、特には。えーと、こういう仕事だと、顔を合わせる時間もあまりないですし」
キャスター「何かあるでしょ? 確か、中学1年生ですよね。ほら、いろいろ精神的にも不安定な時期じゃないですか」
解説者「まあ、一般的にはそう言われますけどねえ」
キャスター「最近、こう、変化というか、前と違ってきたところとか、ないですか」
解説者「そうですねえ……。そういえば、最近、一緒に風呂に入りたがらないですね」
キャスター「あ、今までは一緒に入ってたんですか」
解説者「ええ。女房も一緒に」
キャスター「お、奥さんも!」
解説者「え? あ、いや、そんなことはどうでもいいじゃないですか!」
キャスター「アハハハハ。あ、ごめんなさい。ま、そりゃそうだ。奥さんは関係ないですよね。プククククッ。しかし、まあ、奥さんはともかく、息子さんが一緒に入りたがらなくなったというのは、何なのでしょう?」
解説者「何なんでしょうね? 照れくさい年頃なのかな」
キャスター「それとも、もしかしてそろそろ」
女性アナウンサー「生えてきた(笑)! ……あ、すみません。た、大変失礼しました」


 ここで、キャスターに紙が渡される。一同、安堵の表情を見せる。


キャスター「えー、ただいま入ってきたニュースです! 臨時ニュースです、臨時ニュースです! 今日、札幌円山動物園で……カバが交尾しました」


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「今日の嘘八百」


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