続・武士道

 さて、武士道を好むのは勝手なのだが、本当に武士道を信奉するとどういうことになるのか。


 ニューヨークに行って、ハンバーガーをばかばか食ってイカツくなった兄ちゃんに「ヘイ、そこのチビ!」と呼ばれる。
 ナンバ走りでしぱしぱしぱっ、と駆け寄り、シュパッ、と首を刎ねる。


 なぜなら、自分の名を汚されることを異常に嫌うからだ。武士は。


 首を刎ねるのに失敗して体勢が不利になったら、砂で目をつぶしたり、金玉を蹴ったりする。勝つためである。


 相手が逃げたら、ひたすら追う。家に逃げ込んだら、火を放つ。鎧甲をつけて出てきたら(どんなアメリカ人だ)、足払いをかけて組みつき、小刀で脇を刺す。最後に首をギリギリと切り落とす。


 それでこそ、武士である。


 自分の買ったマンションが欠陥だったとわかろうもんなら、大変だろう。なにしろ、「一所懸命」だ。
 売った不動産会社に、差し違える覚悟で乗り込んで、ビビった相手から、本来の価格の倍の金をふんだくるくらい、平気でするはずである(しないか)。


 まあ、そういう物騒で厄介な人は、現代社会にはあまりいないほうがいいと思うのである。


 武士が守ろうとするのは、己と家の名、体面、そして領地などの実利だ。国だの、公だのではない。


 なお、元・五千円札の人が書いた「BUSHIDO」は、あくまで五千円札のある種理想とした人間像で、少なくとも江戸時代までの武士道*1とはほとんど関係ないそうだ。


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「今日の嘘八百」


嘘十八 今年が皆様にとって、いい年でありますように。

*1:武士「道」というと、一見、深そうに思えるが、実は、武士の流儀、くらいの意味だとか。