あと少しの勇気

 コンビニで、温かいものと冷めたもの、例えば、おでんとシュークリームを買ったとする(めちゃくちゃな組み合わせだな)。


 店員はしばしばこう訊ねる。
「袋、別々にしますか」


 家も近いし、
「いや、一緒でいいです」
 と答えると、
「恐れ入ります」


 まあ、特に何ということもない会話だろう。
 しかし、わたしにはひそやかな欲望があるのだ。


「袋、別々にしますか」
「いや、一緒でいいです」
「恐れ入ります」
「恐れ入ったか」


 こう切り返してみたい。そんな願いを抱いて、幾星霜。
 しかし、「恐れ入ったか」の後に何が起きるのか(あるいは何も起きないのか)、どんな空気が店内に流れるのかが怖くて、いまだ、実行したことがない。


 あと少しの勇気があれば、と思うのである。


 これは前にも書いた覚えがあるが、どこかの会社に電話して、こんな会話もしてみたい。


「稲本と申しますが」
「あ、いつもお世話になっております」
「世話した覚えはありません。○○さんいますか」


 剣呑である(今、気づいたけど、「剣呑」という字面は凄じいな)。これまた、あと少しの勇気が足りなく、実行していない。


 門切り型の言い回しを利用した、こんなやりとりはどうか。
 向こうから来た人に道を譲る。


「あ、どうもすみません」
「すまんで済んだら、警察いらぬ」


 これはしかし、敵のほうがうわての場合、「いえ、運転免許事務もあります」と切り返される恐れがある。


 食料品のパッケージに、よく「お客様相談室」の電話番号が載っている。
 そこに電話して、こう切り出したら、どんな返答が来るだろう。


「あの、ボク、な、なかなか女性とうち解けて話ができないんですけど、どうすればいいでしょうか?」


「お客様相談室」にお客様が相談する。理屈の上では間違っていないはずだが、あと少しの勇気がなくて、これまた実行したことがない。


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「今日の嘘八百」


嘘九 最近の宮沢元首相の映像は、基本的にCGだそうだ。