苗字

 唐突に何だが、苗字というのは必要なのだろうか。


 江戸時代、公家と武士以外の階級は、苗字を名乗ることを、普通、許されなかった。苗字帯刀を許す、というのは特別なことだったようだ。


 商人や大きな農家には紀伊国屋文左衛門のような屋号はあったけれども、これは今でいう社名、店名のようなもので、苗字とはちょっと違うだろう。


 では、苗字の元が何かというと、源平のように朝廷から賜るものもあるけれども、地名が多かったようだ。


 例えば、足利幕府の足利家は、本来の姓は源だけれども、足利近辺を領地としていたので、足利と名乗るようになった。武士の苗字の多くは(先祖の)領地や住まいのあった場所のようだ。


 わたしが横浜喜則と名乗るようなものだろう。現代風に、ハマのヨシノリと呼んでもらっても、ベイビー、かまわないぜ。


 公家も、例えば、藤原家の人々がガンガン増えてしまって、「うんもう、京は藤原だらけで、誰が誰やらわからないでおじゃる!」という状態になったので、屋敷のある場所を名乗るようになったようだ。
 一条家九条家など、京の通りの名前が苗字になっているのはそのせいだ(と思う。例によって、きちんと調べてはいない)。


 百姓も、苗字は許されなかったとしても、名前だけでは不便だ。
 たとえば、同じ村の中に吾作がふたりいたら、名前が出るたびに「どっちの吾作だ?」と聞かなければならない。


 それでは不便だから、おそらくは、「山向こうの吾作」とか、「ナントカ池の吾作」などと呼んでいたのだと思う。苗字の発想の原型はそんなところではないか(もちろん、苗字自体はもっとずっと昔からあったけど)。


 テキトーに書き飛ばしている。


 後は、職業が苗字になったケースもありそうだ。「ちんどん屋の金兵衛さん」がちんどん金兵衛になるようなケース。ま、そんな苗字はないだろうけど。


 そういえば、エノケンに「ちゃっきり金太」という映画がある。見てはいないけど。
「ちゃっきり」は「巾着切り」が縮まったもの。スリのことだ。
 今、「ちゃっきり」さんという姓の人がいたら、先祖はスリだったのかもしれない。


 などと書いていたら、時間がなくなってしまった。続きはまた明日(たぶん)。


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「今日の嘘八百」


嘘三 嘘つきは嘘をつかない。