マンのニュアンス

 日本に生まれ育って、海外からのイタダキモノ・バンザイの文化に染まっていると、外来語(といっても、主に欧米からのものに限るが)は、それだけでカッコよさげに見える。
「シット(座る、じゃなくて、ウンチのほう)!」、「ファック!」、「サノバビッチ!」すらそうだ。


 スーパーマンとか、スパイダーマンも、名前だけでイカしたヒーローのように思えるのだが、あれら、英語がネイティブの人にとってはどうなのだろう。
 当然、英語を使いこなせない人間とは別のニュアンスを感じているはずなのだが。


 例えば、「スーパーマン」は日本語に直すと、「超人」である。これはそうカッコ悪くない。
 しかし、


「あれは何だ?」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いや、違う」
(全員で)「超人だ!!」


 というのは、何となく、しまらない感じがする。


 では、「スパイダーマン」の「蜘蛛人間」というのはどうだろう。なんだか、江戸川乱歩先生の少年探偵団物みたいではないか。
 少なくとも、「スパイダーマン」として見ていたときの、ハンバーガー的カッコよさはなくなってしまう。


バットマン」は「蝙蝠人間」あるいは「コウモリ男」。サム・ライミ監督の「ダークマン」なんぞ、「暗い人」である。給湯室でOLが交わす陰口みたいだ。


「スーパーマン」だって、訳しようによっては「超男(超オトコ)」である。ハードゲイかどうかは知らないが、マッチョ感覚ムキムキだ。


 あるいは、和製ヒーローの「ウルトラマン」は、辞書を引いて直訳すると、「極端人」、「過激男」、「過度男」になってしまう。


 もちろん、辞書的な言葉の意味は同じでも、英語ネイティブの人が感じる英単語のニュアンスと、日本語ネイティブの人が感じる日本語の単語のニュアンスは違うだろう。
 だから、「Superman=超男」じゃないのだろうけど、英語に精通しないとようわからんところではある。


 ロハスマンというのはどうかな。正式名はライフスタイルオブヘルスアンドサステナビリティマン。


 健康で、エネルギー消費量が少なくて、リサイクル可能なヒーロー。
 愛車はツンツン・ツノダの自転車だ。クルマで逃走する悪の組織になかなか追いつけない。
 立ちこぎで頑張れ!


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「今日の嘘八百」


嘘二 母はわたしを生んだとき、看護婦さんから「玉のような男の子ですよ!」と言われたそうだ。見てみると、ダンゴムシのように丸まっていた。