スーパーマンは悲しい

 スーパーマンは、確か、公衆電話ボックスの中で変身するのだったと思う。
 昔のニューヨークの公衆電話ボックスは中が見えなかったのだろうか。


 スーパーマンが変身中、というか、生着替え中に、うっかりドアを開けた人は驚くだろうなあ。
 水色のピチピチ服を着けて、中腰になって、赤いパンツを履こうとしている若い男。まだクラーク・ケントロイド眼鏡をかけている。


「わ」、とドアを開けた人は、びっくりする。
「あ」、とスーパーマンも、思わず声を出してしまう。


 ドアを開けた人は若い女性でも、ビジネスマンでもいいが、底意地の悪そうな婆さんだとなおよい。


 その場合は声を出さず、驚きながらも、非常に疑わしそうな表情で、着替え中のスーパーマンを上から下までジロジロ眺めることになる。そうして、「ニューヨークも変わっちまったね」、なんてことをブツブツ言う。


「いや、あの、私はクラーク・ケントという新聞記者で、実は、ス、スーパーマンなのです」
 と、水色赤パンツ男はしどろもどろになって弁解する。


 婆さんは「スーパーマン(超絶男)」の「スーパー」を別の意味にとっちゃって、事態はさらに悪化する。
 何しろ、自分で言うのだから、ロクなやつではない。よく見ると、水色のピチピチ服には胸のところにデカデカと「S」と書いてある。


「この街から出ていけ、変態めっ!」
「はいい〜」
 赤いパンツをずり上げながら、走って逃げていくスーパーマン。ヒーローと呼ぶにはほど遠い。


 スーパーマンは空を飛ぶ。
 摩天楼の間を飛び回っていれば、「高いところだから誰にも見られない」と安心している人々のプライバシーも、散々、目にするだろう。
 スーパーマンの望む、望まないに関係なく、偶然、のぞき見してしまうこともあるはずだ。


 飛んでいて、ウッフンアッハンの人々を見たら、スーパーマンはどうするのだろう。
「よ、ジョニー。今日もお盛んだね」
 と、軽く手を挙げてウィンクする――なんて、タイプじゃないだろうな。


 たぶん、スーパーマンは、見なかったことにするのだ。それがヒーローとしての正しい行動だ。
 そうして、内に悶々としたものを抱えつつ、いつも以上の怪力を発揮するのだろう。飛んできた隕石か何かをガシッと受け止め、大西洋に放り投げながら、「チキショー」と叫ぶのだ、きっと。


 ヒーローに「チキショー」はふさわしくない。しかし、そのくらいは大目に見てあげるべきだと思う。


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