無茶する人々

 ひさびさに「少林寺三十六房」を見た。


 以前に見たのは高校か大学の頃だと思うから、20年ぶりくらいかもしれない。


 ネタバレのしようのない映画で、タイトルから想像がつく通り、主人公が少林寺の三十五房をひとつひとつクリアしていって(三十六房めは主人公がつくる)、アッパレ、カンフーの大名人となり、見事、敵をやっつける、というオハナシだ。


 もっとも、こんなふうにまとめてしまえば、「七人の侍」は侍達が百姓を軍事訓練して野武士をやっつけるオハナシだし、「風と共に去りぬ」は南北戦争の影響でいろんなものが風と共に去っていっちゃったけど強く生きて参りますヨロシクというオハナシだし(ホント、あの映画はいろいろ去るねえ)、「2001年宇宙の旅」は宇宙を飛んでいったらスター・チャイルドになってしまいましたというオハナシだ。


 それはともかく、「少林寺三十六房」の見どころは、やはり、少林寺の各房で行われる無茶な特訓の数々だろう。というか、それを見せるための映画なのだが。


 額を鍛えるために、大量のサンドバッグに次々と頭突きを食らわす。目の動きを鍛えるために、頭の両側に線香の塊みたいなのを接近させて、少しでも頭を動かせばアッチッチとなる。手首を鍛えるために先端に鉄のついた長い棒で木魚に合わせて鐘を打ち続ける。


「平衡房」、「目力房」、「頭力房」と各房の名前にもたまらんものがある。


 とにかく観客を楽しませよう、と、チャチでもコートームケイでも徹底して創意工夫を懲らすところは、香港映画らしい香港映画だと思う。


 ああいう映画が成立するのは、東洋的無茶な特訓の伝統、というものがあるからかもしれない(西洋の特訓のことは何も知らんけど)。


 以前に、北朝鮮の特殊部隊が訓練しているビデオをテレビで見たことがある。
 振り下ろした刀を腹筋で跳ね返したり、重ねた瓦を頭突きで割ったり、大人数の人々に裸の体を板でバシバシ殴られながら歩いたり、口に鉄の棒をくわえてねじ曲げたり、と、「少林寺三十六房」以上の無茶っぷりで大笑いしてしまった。


 あれ、DVDで発売したら、買うんだけどなあ。北朝鮮政府さん、外貨を稼げると思うんだけど、一考してみませんか?


 東洋的無茶な特訓の伝統は日本にも生きていて、時に“美談”になる。
 千本ノックとか、試合に負けたら学校まで40kmを走って帰るとか、医学・生理学的にはドウナノカネ、とも思うのだが、たぶん、そういう話を好きな人も多いのだろう。
 昔のスポ根漫画なんて、無茶な特訓がストーリーの軸になっていた。


 特訓とは違うけれども、今朝の朝日新聞天声人語に、亡き二子山親方の貴ノ花時代のエピソードとしてこんなのが紹介されていた。兄で師匠でもある元横綱若乃花の回想録から引いたものだ。


(稲本註:貴ノ花は)しかし十両優勝後のある朝、二日酔いで稽古をさぼる。「『この野郎、いい気になって……』。私は持っていた青竹でメッタ打ちにした。青竹はバラバラになり、あたりに血が飛び散った」(『土俵に生きて 若乃花一代』東京新聞出版局)


 こういうのって、どうなのだろう。本人達の合意のうえであっても、傷害罪にはならないのかな(まあ、合意もへったくれもない速攻血祭りだったんだろうけど。ところで、「へったくれ」って何だ?)。もし死んじゃったら、業務上過失致死になったのだろうか。


 一方で、あまり表には出ないけれども、素晴らしい才能を持ちながら、無茶な特訓のせいで体を壊してしまったスポーツ選手や格闘家も多いんじゃないか、と想像する


 二子山親方には「貴乃花自伝 あたって砕けろ」という著作があるそうだけれども、あたって砕けた人も大勢いたんだろうな、もったいない、と思うのだ。


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