アホ歌〜アマリリス

 次に、フランスのアホ歌を見ていこう。


 まずは、一説によれば、フランス国王ルイ13世の作曲ともいう(ヘンリー・ギースなる人物との説もある)「アマリリス」。


 メロディはうろ覚えだが、


♪ソラソド、ソラソ〜、ララソラ、ソファミレミ〜ド


 というフザケたものだったと思う。


 何のひねりも渋みも深みもない。宮廷でこんなものを喜んでいたとしたら、少なくとも音楽的には相当に浅い人々であったろう。


 山下洋輔の名作に「ベートーヴェンかく語りき」(「ジャズ武芸帳 山下洋輔エッセイ・コレクション1」、晶文社所収。ISBN:479495154X)という、対談のような、エッセイのような、小説のような、戯曲のような作品がある。
 これは、タモリによって冥界から呼び出されたベートーヴェン山下洋輔の自宅を訪れ、ラリっているうちに、当時の音楽業界事情からモーツァルトとの愛と別れ、ベートーヴェンの密やかな文学コンプレックス、さらには子供の頃、原っぱでカエルにチンチンをなめられた事実まで明るみに出てしまうという、大作だ。


 その中で、ベートーヴェンがこんなセリフを吐く。


あれは大昔のチェンバロ作法だ。お城の馬鹿娘どものご機嫌とりのシャラシャラ音楽だ。何が、チリトレシャラリレ、シャレラレラリレラレローだ。馬鹿者どもめが。何故にもっと雄々しく鍵盤を叩かんか。それでこそ男だ。叩け! 叩いて叩いて叩きまくれ。それでこそピアノぞ。叩け! すぐ叩け今叩けこうして叩け!


 そうだ! すぐ叩くのだ今叩くのだこうして叩くのだ!


 ……コーフンしてキーボードを叩いたら、粉砕してしまった。


「アマリリス」は、まさにベートーヴェンの言う「お城の馬鹿娘どものご機嫌とりのシャラシャラ音楽」だ。
 その証拠に、歌詞もまた救いようがない。


みんなで聞こう
楽しいオルゴールを
ラリラリラリラ
調べはアマリリス


月の光
花園を青く照らして
ああ、夢を見てる
花々の眠りよ


 アホか。


 というか、アホだから、アホ歌に認定したのだが。


 この歌詞の中には、「アマリリス」がなぜこうまでノーテンキにアホなのかについてのヒントが隠されている。それは、「ラリラリラリラ」という一節である。


 おそらく、作曲者も、演奏者も、聴く者も、ラリっていたのだ。そうでなければ、ここまでノーテンキなメロディと陳腐な歌詞が受け入れられるはずがない。
 な〜にが、「花園を青く照らして」だ。「ああ、夢を見てる花々の眠りよ」だ。私はこのようなものを断じて詩とは認めぬ。


 宮廷で美酒美食にふけり、舞踏会なんぞにうつつを抜かし、ラリっていたから(トルコ産のハッシシだろうか)、こういう馬鹿どもが発生したのに違いない。どうせ、男はタイツかなんかをイラヤしく履いていたんだろう。すぐ叩け今叩けこうして叩け!


 しかし、「ああ、夢を見てる花々の眠りよ」という文句にうっとりしているフランス宮廷の馬鹿どもを、現代の日本に生きる人間が、一方的に笑うことはできない。


 最近は知らないが、私が小中学生の頃は少女漫画の背景といえば、花でいっぱいであった。BEM(Bug-Eyed Monster、昆虫のような目をした怪物)のような巨大な目をした登場人物達が、ほとんど花の中に埋もれていた。まさに「ああ、夢を見てる花々の眠りよ」であった。


 愚かな人間に、洋の東西も、時代の違いもないのかもしれぬ。


 いつか、斬る。


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