ああ、勘違い

 私は今、地図帳を見ながら、この文章を書いている。


帝国書院編集部編 標準高等社会科地図 七訂版」という地図帳で、高校生が地理の授業で使うものだ。なかなか便利なので、座卓のそばに置いている。


南セントレア市」というロマンチック街道なネーミングでニッポン中をシヤワセにした、美浜町南知多町を見てみる。


 以前に否定的な文章を書いておきながら(id:yinamoto:20050131)、実はちゃんと場所を確認していなかったのだ。南知多町という名前から、知多半島のどこかだろう、と推測していただけである。


 今、見てみると、知多半島(名古屋から南に下った半島。浜名湖から西に向かって生えている渥美半島としめしあわせて、クワガタムシになりすましている)の南端である。


 地図を見る限りでは、とりたてて何もなさそうに見える。市街地の色は塗られておらず、交通も私鉄が美浜町南知多町に向かってそれぞれ一本あるきりだ。おそらく、列車の本数も、そんなにないのだろう。
 地図に描かれたものはその他に、美浜町にある火力発電所愛知用水灯台、漁港だけだ。
 なお、原発事故で有名な美浜は、福井県敦賀市近くの町である。こちらとは関係ない。


 美浜町長は南セントレア市という新市名について、「斬新な名前で世界にPRしなければ、これからは市町村も経営できない」と言っているそうだ。


 しかし、いったい、何をPRしようというのだろうか。美浜町南知多町の「売り」とは何なのだろう。そして、それは世界の誰かが「買いたくなる」ものなのか。
 売るものが特にないのにPRしたって、意味はない。


 新しく中部国際空港ができたけれども、痛いことに、美浜町の北にできてしまった。ほとんどの人は空港から北、名古屋や浜松方面へ行きそうである。半島というのは、どん詰まりなので、こういう場合、キツい。
 工場やオフィスでも誘致しようというのかもしれないが、随分前にできた成田空港だって、成田のまわりは相変わらず農地である。美浜町南知多町は、あまり空港の恩恵を受けられそうにない。
 それに、「世界にPRしなければ、これからは市町村も経営できない」のなら、おそらく、日本のほとんどの市町村が経営できないことになるだろう。美浜町長、いささか、誇大妄想気味である。


 そもそも、「南セントレア市」が世界にアピールする名前とは思えない。


 今、テキトーカリブ海の地図を広げてみた。バハマにある地名を並べてみよう。
 ナッソーは割に有名だけれども、マーシュハーバー、ケンプスベイ、クラーレンスタウン、ガバナーズハーバー、なんていうのがある。
 どれも洋風の名前だけれども(当たり前だが)、これら、英語だからという理由で、世界にアピールするだろうか。当たり前の話だが、英語の地名なんて、世界中に無数にある。英語なら世界にアピールするなんて、英会話学校の「英語ができれば世界が友達」的な広告並みに、ズレている。


 しかも、致命的なことに、Centrairは造語であって、ちゃんとした英語ですらない。日本語に堪能でない人が、日本語をもとに勝手に「ちゅうおそら」なんていう、わけのわからない名称をつくったようなものだろう。


 おそらく、「Minami-Centrair」なんて地名をつけても、世界には、何もアピールしないだろう。問題外の外。アウト・オブ・ガンチュー(眼中にない)、というやつだ。


 まあ、南セントレア市という名前は、日本国内には大いにアピールした。多分に、失笑と困惑という形でだけれども。
 しかし、アピールしたとて、それで美浜町南知多町に行ってみようとか、住もうとか、工場を建てようという人は、ほとんど出てこないだろう。
 なぜなら、それは単なる、面白ニュースとしてアピールしたに過ぎないからだ。


 つまり、「南セントレア市」という名前に込められた戦略は、見事なくらい、全てダメである。いっそ、ダメの完全試合と呼びたい。


 しかし、である。最近、私は、こういう勘違い、ぬるさ、ゆるさをだんだん愛するようになってきた。こういうズレたことをしてしまう人達が、愛おしい。皮肉ではなく。


 ダメを愛でる心、というか。
 小津安二郎監督の「東京物語」の老夫婦が、
「ああ、ダメだなあ」
「ほんと。ダメですねえ」
 と、ゆるやかな会話を交わすような、そういう境地にいずれは至りたいと願っている。


 他にも、「南パンチョ市」とか、「中央オロナミン市」とか、「北ポコイダー市」とか、そういうダメな地名を採択する市町村、出てくれないだろうか。


 住民には、早いとこ、避難しなさい、というしかないけれども。


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