少女趣味、と一言で片づけると少女達から一斉射撃を食らいそうだ。しかし、幸いなことにこんなものを読む少女は少ないだろうから(あるいは皆無だろうから)、それは余計な心配である。
私は、少女趣味が好きではない。
もっとも、そもそも少女趣味とは何か、ということを真面目に考え始めると難しい。少女といったっていろいろだろうからだ。
渋谷などで見かける、もはや現代アートと言ったほうがいいような化粧をする少女の趣味と、私服は地味なものを二着しか持たず、外出時はたいてい制服で、図書館で渋澤龍彦を読みふけるような少女の趣味を一緒にしていいのか? と問われると、やはり一緒にはできないだろう。
が、まあ、概念としての少女趣味というのはあると思う。
こう、抽象的なことをうだうだ書いていても、わからないですね。具体的に行こう。
こんなことを書き始めたのは、自宅の洗濯機に名前があることを発見したからだ。
昨年の秋に引っ越して、ついでに洗濯機も買い換えた。しかし、名前があるとは知らなかった。
見慣れているはずなのに、ふと新しく発見することがある。たとえば、天井を見上げたら、「あれ、こんなふうな板だっけ?」とか、着ているシャツの柄をよく見ると随分複雑なものだったりとか、そんなようなことだ。
昨日、洗濯しようとして、ボタンの横に、こんな名称が書いてあることに気づいた。
「白い約束」。
細身のやわらかい書体で記してあるのを見て、急に恥ずかしくなった。
38歳の男が、「白い約束」でお洗濯をしている。これを少女趣味による被害と言わずして、何と言うのだ。
じゃあ、38歳の男にふさわしい洗濯機の名前は何か、と訊かれても、わからない。「黄土色の後悔」では、なんだか汚らしいし、洗濯機にそんな名前がついていたら、それはそれで困ると思う。
恥ずかしさついでに――何がついでなのか、よくわからないが――各電機メーカーの洗濯機の愛称を調べてみよう。テキトーにメーカーのウェブサイトから目についたものを引っ張ってみる。
私の家の「白い約束」は日立製である。
松下電器の今の売りは「ななめドラム」らしい。テレビでもCMをよくやっている。この名前はそんなに嫌な感じがしない。「ななめ」というひらがな表記に、消費者へのすり寄りが見て取れるが、まあ、許容範囲である。
東芝のウェブサイトを見ると、いきなり、来ました、少女趣味。
「天使の仕上がり」。
私は今、毒を持って調べているので、「恥ずかしー」と言いながら、こういうのを見つけると、うれしくなってしまう。屈折した喜びであって、万が一、これを読んでいる少年少女がいたら、こんな大人になってはいけないよ。
しかし、なあ。「天使の仕上がり」。お寺では使えないじゃないか。
三洋電機の売りは「スチームランドリー」。まあ、何と言うこともない。
シャープは「イオンコート」。
三洋の「スチームランドリー」や、シャープの「イオンコート」は愛称というより、機能の訴求と言うべきかもしれない。
三菱電機は「発泡水」と「部屋干しカラット」。
少女趣味の洗濯機名を見つけようと思ったのだが、結局、日立と東芝だけであった。どうやら、洗濯機の趨勢は、現在、売りの機能を訴える、というところにあるようだ。
残念である。さっきまで少女趣味が好きではない、とか言っていたくせに。
日本の洗濯機の名称は、少女趣味満開に違いない、と思い込んで、「やっつけてやる。ウヒヒヒヒ」ともくろんでいただけに、当てが外れた。「奇襲だ!」と勇んで山から駆け下ったら、敵陣じゃなかったような心持ちだ。
悔しい。悔しいので、洗濯機の「白い約束」の部分にガムテープを貼り付けてやろうかと思う。