地獄の沙汰

 地獄というところがあるそうで、大変に恐ろしいところとされている。


 全国には、いくつか地獄谷と呼ばれる土地がある。たいていは地下から蒸気が噴き出したり、硫黄臭の強烈な温泉地だったりして、マグマ方面からお達しが来ている場所らしい。
 火焔地獄だったか、炎熱地獄だったか、名称は忘れたが、炎、熱が地獄のモチーフとしてよく使われるところから来ているのだろう。


 あるいは、地獄絵図と呼ばれる悲惨な現場というのもある。
 先のドンキホーテの火災現場もそうだったろう。あるいは、空爆を空からの映像で見ながら「スゲー」と感心しているその下では、地獄絵図が繰り広げられている。


 一方で、修羅場という言葉もある。歌舞伎にある血みどろの殺しの場面なんかがイメージとしてはよく合う。


 仏教では世界を十界に分けて、悲惨なほうから順に、地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天上界、(以下略)……となるそうだ。
 こう見てみると、なるほど、修羅は人間のすぐ下である。修羅場には悲惨ながらもどこか人間くさいところがあるのだろう。
 一方、地獄絵図とされる場には、おそらく人間的な煩悩すらもない。ただただ悲惨なだけである。空襲にあっている現場や、火災のまっただ中を想像してみれば、納得できる。


 私は小学生の頃、地獄についての図鑑を見て、非常に恐ろしい思いを抱いた。
 東洋の地獄と西洋の地獄を描いたもので、東洋の地獄にはおなじみの血の池とか、針の山とか、火炎に人々が焼かれている図が載っていた。
 西洋の地獄、というか、キリスト教カトリックだろうか?)の地獄も載っていたのだが、細かくは覚えていない。ただ、中世ヨーロッパ的な閉塞した怖さを何となく覚えている。


 地獄に行く前には審判を受けるようだ。ユダヤ教キリスト教イスラム教のセム一神教では神の審判、日本では閻魔様の審判を受けることになっている。


 前フリが随分、長くなったけれども、書きたかったのは、この地獄入りの審判のことだ。


 審判では、おそらく生前の罪状が問題とされるのだろう。この場合、現代的な犯罪はどう扱われるのか。そこに興味がある。


 ここでは比較的親しみのある閻魔様にご登場いただこう。


 コンピュータ・ウィルスというものが跋扈していて、いろんな人が大変な迷惑をしている。ああいうものを開発している人々の罪は重いと思うのだが、では、閻魔様は、
「おぬし、ネットスカイ系のコンピュータ・ウィルスを開発したそうだな」
 などというふうに問いつめるのだろうか。
 でもって、被告が正直に思うところについて述べたとする。
「開発したというほどではなくて、ちょっとカスタマイズして亜種をつくっただけです」
「黙れ、黙れ、黙らっしゃい。ハイ、針の山行き」
 なんてことに、最近の地獄はなっているのか。


 あるいは、
「おぬし、オレオレ詐欺を働いたとな」
 横から秘書官の鬼が訂正する。
「最近、警察では振り込め詐欺という言葉を使うようにシドーしているそうであります」
「黙れ、黙れ、黙らっしゃい。ハイ、ふたり揃って血の池行き」
 鬼までひどい目に遭ってしまうのだ。


 しかし、こんなことを書いていると、死んだ後でどういう目に遭うか、わからない。
「おぬし、2005年1月5日の日記で、ワシをネタにしたな」
「い、いえ、私はただ、地獄の、げ、現代性について問題提起を――」
「黙れ、黙れ、黙らっしゃい。ハイ、地獄の釜行き」


 恐ろしい。下手なことは書けない。


 地獄というのは恐怖によってモラルを正そうとする仕掛けだろう。ここまで書いてきて、地獄についてのストーリー、イメージというのは、テロリズムと同じ構造を持っていることに気がついた。


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