職場内排出権取引

 わたしはあまり気にならないのだが、煙草のにおいというのは気になる人には大変気になるらしい。


 以前、煙草を吸っていた頃には、“自分も吸えばにおいが気にならなくなるのになー”などと、うそぶいていたこともある。煙草を毛嫌いする人からすると、暴力的発想だったろう。


 で、思ったのだが、職場内で煙草の煙の排出権を導入したら、どうなるだろう。


 例えば、最初に1人あたま10本、10人いたら計100本の排出権を用意するのだ。


 仕事しながら煙草を吸いたい人は、吸わない人から排出権を買う。1本吸ったら、その排出権は消滅。その代わり、排出権が1本分、市場に(つまり、各人に均等に0.1本分)供給されることにする。


 排出権には公定価格を決めてもいいが、互いの交渉に任せたほうが面白い。
 器用な人なら、パソコンで、職場内の排出権市場のプログラムを組めるだろう。


 吸う人と吸わない人では、吸わない人のほうが立場は強い。吸わない人が結託して値を釣り上げることも考えられるから、カルテルは当然、禁止である。


 破った場合には、ケってもよいことにする、というルールも考えたが、さすがに剣呑だから、まあ、カルテルには罰金、というのが、妥当なところだろう。
 そうすると、公正取引委員会の役目をする人も必要になる。


 ま、しかし、煙草を吸わない人の中には、煙草の煙を、殺人的なもののように捉える人もいるから、なかなかこの制度、受け入れられないかもしれない。
 買い手はいても、売り手がいなければ成り立たないのが、市場制度のツラいところだ。


 なので、排出権には、駄洒落も含めることにする。


 ご承知の通り、駄洒落というのは、聞いた人の気を非常に萎えさせる。職場の士気にすら関わる、すぐれて現代的な問題である。考えようによっては、煙草の煙以上の害悪であろう。


 一方で、言いたい人は言いたくてたまらないらしい。言わないことでフラストレーションがたまり、ひいては仕事の能率が低下してしまう。


 なので、排出権を買えば、駄洒落を1つ言ってよいことにする。


 排出権1本で、煙草1本か、駄洒落1つ。まあ、妥当な線ではないか。値はいくらになるのだろう。興味が湧く。


「……ヨッシ、千二百円! 今日の昼飯は抜きだっ!」
「売った!」
 すわ、課長補佐の駄洒落が出るぞ、と全員が身構える。
「商談について、しょ、しょうだんしたい!」
 気まずい沈黙。耐えきれなくなった若手社員の咳払いが、かえって静寂を深めてしまう――。


 なんてことになるわけだ。


 後は、シモがかってしまうが、例の、音が出たり出なかったり、という生物化学反応も含めようかと思ったが、そこまで行くと下卑てしまうのでやめておく。


 しかし、こんなことにうつつを抜かしていたら、仕事のほうがさっぱりなのは確かである。

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「今日の嘘八百」


嘘七百三 「ウ、ウォラ」の成功に気をよくしたサリバン先生は、調子に乗って、炎でやらせてみて、クビになったという。