よどみ

 社会保険庁年金記録云々はそりゃもうけしからん話で、けしからんわたしが言うんだから、相当けしからんのは間違いない。


 しかし、ああいうふうにチェック甘々で、しかも「間違いがあるんだろうなあ」と思いながら何となく放っておく空気というのが、わたしにはなーんとなくわかる。


 昔、元政府系の会社に勤めていたことがあって、末端の営業所の、お金や個人情報を扱う部署にいた。
 これが何とものんきな職場で、午前10時と午後3時にはお茶の時間になる。


 時間前になると、オバサン社員が「そろそろ用意しましょうか」と連れだって給湯室に行き、お茶と茶菓子の支度をするのだ。
 労使間の話し合いでお茶の時間が確保されていたのかどうかは知らない。ともかく、そういう慣習があった。


 また、ちょうど個人情報をデータベース化した直後でもあった。
 それまで紙の台帳に載せていたものをコンピュータに記録したのだが、名前だの履歴だのの入力ミスがかなりあった。


 しかし、データの間違いということに特段、危機意識はなく、たまたま何かの機会に食い違いが発生すると、「ああ、これ、コンピュータに入れるとき、間違っちゃったんだね」と直して、それでしまいになった。
 入力ミスがあっても、何か問題が発覚しない限りはミスだとわからないから、そのまま捨ておかれた。


 その会社は1年でやめたから、その後、入力ミスのデータをどうしたのかは知らない。


 社会保険庁も、そんなような感覚でやっていたんではないか、と、まあ、いささか勝手にではあるが、想像している。


 さて、この手の入力や処理によるミスだが、社会保険庁に比べると、銀行はだいぶ少ないようだ(もっとも、社会保険庁よりひどいところもなかなかないだろうが)。


 口座で個々に管理しているから、ということも大きいだろうが、そのせいだけではないだろう。
 だいぶ自動化したとはいえ、窓口業務はあるわけだし、手形などの為替の手続きはだいぶややこしい。人間のはさまるところ、ミスが発生する可能性は必ずある。


 では、なぜ銀行でミスが少ないかというと、ひとつには「人間、必ずミスをするものだ」という意識がある。
 これは確かにそうで、何度も確認して、絶対大丈夫だ、と思っても、やっぱりミスが残るんだから、ヤんなっちゃう。


 一方で、「1円たりともミスを残してはいけない。万が一、ミスがあったら早いうちに直さなければ、どんどんひどいことになっていく」というのもあるという。


 少なくとも、銀行員の友達から聞いた話ではそうだ。そいつのいる銀行では、1円でも勘定が合わなければ、合うまで関係する部署の全員居残りで調べ直すという。


 つまり、社会保険庁はたるんどる、銀行はしっかりしている、という心構えの問題なのだが、そこで「しっかりやれ!」と心構えを説いたって、ダメなのよね。


 そうではなくて、銀行はなぜミスに対してぴりぴりするか、ということを考えるとよいと思う。


 やはりそれは、人間の欲望渦巻くお金というものを預かっていて、信用というものが商売上、決定的に重要だからだろう。
 トラブルを起こすと商売がダメになるし、いろいろと難癖をつけてくる連中もいる。銀行員だって生身の人間だから、脅しは怖い。


 だから、記録というものについて、トラブルの起きないよう、あるいは難癖をはね返せるよう、ものすごく気を入れてやるのだろう。


 同じ伝で、社会保険庁も、日常的にトラブルが起きたり、難癖つけられたりするような状況にすればいいと思うのよね。
 今回のように、何千万件だかまとめてバレる、というのではなくて、個人個人から、「ここんとこが合ってないじゃないか!」、「賠償しろ!」と、文句を言われるように。


 銀行の預金通帳のようなものを用意するのも手だ。しかし、年金の場合は、通帳のようにしょっちゅう記帳する気にならないだろうから、効果は今ひとつかもしれない。


 わたしは、年に1回、年金の明細を送るのがいいと思う。
 年金手帳みたいに、いつから国民年金に入って、いついつまでここの厚生年金に入っていました、なんて大ざっぱなものではなくて、年ごとの払った金額と相手をずらっとリストにして、できれば、65歳でもらえる年金額も試算したやつを。


 人間、実際に金額を自分の目で見ると、急にうるさくなるものだ(今年、住民税の額に驚いた人も多いのでは?)。
 日常的に社会保険庁にいろいろ確認したり、掛け合ったり、難癖つけたりする人間も多くなるだろう。


 社会保険庁で働く人々は、ヤイノヤイノ言われるのが苦痛だし、脅しは怖いしで、たぶん、ミス、チェックということに対して、うるさくなるはずだ。
 毎年、記録を送るとなると誤魔化しも効きにくい。というか、バレやすい。


 ボーナスの自主返納、なんていうのは、なまじ罪ほろぼしの気持ちが職員に生まれちゃうから、かえってよくないんじゃないか。とりあえずは、罪なんてほろぼさなくていいから、ミスをほろぼす手だてを考えていただきたい。


 体質を変えるには「体質を変えろ!」とか「反省しろ!」とか言うだけではダメで、仕掛けが必要だと思うのよね。
 やっぱ、病院で、血圧だのγ-GDPだのの数値を言われて、医者から「あんた、このままだと死にますよ」と言われたら、何とかしなくちゃ、と思うからね。

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「今日の嘘八百」


嘘四百八十 今年最大の資源の無駄は、ビリーズブートキャンプのDVDである。