なぜそうなるのか

 しかし、天の邪鬼は、なぜ天の邪鬼になるのかね。


 生まれついての性分なのだろうか。
 わたしも小さい頃から天の邪鬼だったらしく、幼稚園に行くか行かないかの時分に、よく「へそ曲がり」と言われた記憶がある。


 自分の井戸を覗くと、人と違った方向から物を見ようとすることの大元には、人を上回りたいという心理があるように思う。


 物事をひっくり返して見るというのは、そう難しいことではない。そうするだけで、「イヒヒヒヒ。あんたら、こんな見え方知らないだろう」とまあ、安易に人の上を行ったような気分になれる。


 しかし、安易はやっぱり安易であって、物事を正面からガシッと受け止めて対峙する人を見ると、「ああ、おれもちゃんとしなきゃな」と思う。


 惜しむらくは、その時間、わずか三秒だ。へそはまた曲がる。

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「今日の嘘八百」


嘘三百二十三 天の邪鬼が進むと、裏のさらに裏を見ようとして表を目にするので、案外、まっとうな人になるという。


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