五感の想像力

 相変わらずとりとめない話題になってしまうが、皆さんはにおいを想像できるだろうか。あるいは、味や触った感覚を。


 わたしは辛うじてできる、ような気がする、という感じである。


 鼻先でチーズのにおいを想像しようとすると、何とかそれらしいものが湧いてくる。舌先でカレーの味を想像しようとすると、カレーっぽい感じはする。手で何かを握った感じも、再現できる。


 いずれも多少の努力が必要だ。お前はもっと他に努力すべきことがあるだろう、というご意見もあろうが、それはまた別件バウワーである。


 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚をまとめて五感と呼ぶけれども、そのありようは随分と違うように思う。


 嗅覚、味覚、触覚を想像するのは、たいていの人にとって、視覚や聴覚ほど簡単ではないだろう。想像できないという人もいるかもしれない。


 想像できるとしても、おそらく、嗅覚は鼻、味覚は口、触覚はどこか場所(指先とか足裏とか)を想定して思い浮かべる作業をしなければならないだろう。
 一方、視覚、聴覚については頭の中で想像できる。少なくともわたしはそうだ。


 こうしたありようの違いは何によって生まれたのだろうか。


 言葉や、文字などの記号は、基本的には聴覚と視覚に基づいている。においや味を使った明快な記号というのは、ちょっと思いつかない。ただし、点字は触覚を使った文字(記号)である。


 人間は、物を考えるとき、大いに言葉や文字のお世話になる。
 自分が物を考えるとき、音声で考えているのか、文字(イメージ)で考えているのかは、自分のことなのに今ひとつはっきりしないが(混じり合っている感じがする)、少なくとも、嗅覚、味覚、触覚によってではない。


 言葉、文字など、聴覚、視覚の記号を使うことを、ガキの時分からずーっと繰り返しているから、頭の中で聴覚、視覚を再現できるようになるのだろうか。
 それとも、人間は生まれつき、聴覚と視覚を頭の中で思い浮かべることはできるが、嗅覚、味覚、触覚はなかなか思い浮かべられないものなのだろうか。


 例によって、答は出ない。思いつくままに書き飛ばしたら、こんな地点まで来てしまった。


 ついでに、湧き上がる疑問を並べる。
 目の見えない人は、点字の触感を組み合わせることで物を考えられるのか。
 先天的に目の見えない人は、どんな夢を見るのか。
 料理人も達人クラスになると、味で思考できるのか。
 嗅覚が人間の百万倍以上鋭いという犬は、頭の中なり鼻先なりに、微細なにおいの像を思い浮かべることができるのだろうか。