道と術2

 昨日の日記は、たらたらと書いているうちになぜだか剣術の話になってしまった。
 もともとそういう意図はなかったのだが、まあ、糸の切れたタコというか、意図のないタコ助なので、しょうがない。


 で、今日もまた、道と術についてである。


「えー!?」と、不満の声をあげたあなた。黙れ、黙れ、黙らっしゃい。
 ここはあなたのような人間が来るところではない。
 この日記は、私がかきたいようにかく。痒がり天国なのです。


 ああ、気を付けないと、こういうふうにして、話がどんどんアサッテのほうへ行ってしまう。


 もとい。
 昨日は、柔術や剣術から、柔道、剣道へと流れを追った。
 逆に、現在、「〜道」と名乗っているものを、「〜術」と言い換えるとどうなるか。


 関越自動車術。


 わざとらしいボケで失礼した。先ほどの方も、戻ってきてください。


 そうではなくて、たとえば、茶道はこうなる。


 茶術。


 華道はこうだ。


 華術。


 なんかこう、小手先のテクニックを教えてくれそうで、私はこっちのほうが好みだ。軽い感じなのもいい。相手をだまくらかすようなニュアンスも感じられる。


 まあ、例によって、実情を知らずに勝手な想像で話すのだが、もともとは茶道も華道も、茶術、華術に近いものだったのではないか。
 それが、家元というのが登場して、上納金(とはいわないのかな、まあ、仕組み的には同じようなやつ)を取ったり、組織が重たくなったり、一般人からするとやたら“深い”人が登場したりすると、「道」を名乗るようになるのだと、今、勝手に決めた。


 苦情のある方は、区役所のほうへお願いします。


 相撲で横綱に昇進する力士は、横綱昇進を伝える使者に「相撲道に邁進し〜」みたいなことを言う。
 あれはやっぱり、「相撲道」でなければならなくて、「相撲術に邁進し〜」では、どうしても軽くなる。舞の海かなんかみたいだ。


 「〜術」から「〜道」に変えると、どうなるか。


 「話術」は「話道」。そういったほうがぴったり来る、求道的な落語家もいますね。それがいいか悪いかはその人しだいだろうけど。
 「腹話術」は「腹話道」。なんだか、困る。布袋さんを連想する。
 「催眠術」は「催眠道」。これは怖い。その道の達人ともなると、前に立っただけで上半身裸になり、氷の上に横になってしまいそうである。


 「詐術」。これはいい。「詐道」だ。
 詐欺師がたどり着く奥深い境地。小説かなんかにすると、面白いんじゃないか。
「人を騙すのではない。心を騙すのです」などと、わけがわからない深そうなことを言ったりして。


 以前、仕事で市役所の水道局に行き、立派な応接室に通されたことがある。
 水道局の偉い人を待つ間、ぼんやりしていると、額がかけてあり、墨痕豊かな毛筆の文字で、こう書いてあった。


「下水道を窮む」


 もちろん、今、作った。


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