カサブタはがし

 おれはカサブタをはがすのが好きで、そのために生きていると言ってもいいくらいである。嘘である。

 カサブタをはがすといっても、昔、好きだったのに別れた人のことを思い出して、「ああ、あのとき、ああしていれば」などと後悔する、いわゆる心のカサブタはがしではない。肉体のほうのカサブタはがしである。

 カサブタが固まってきたり、ガチンと張り付いている頃ははがしても楽しくない。痛いだけである。旬は、傷も癒えてきて、カサブタの端のほうから四分の一くらいがめくれてきた頃。爪にひっかけてメリメリメリッとはがす、わずかに痛いような痛くないような、ソフトな手触り。ちょっと血がにじむくらい。ああ、背徳の悦び。

 カサブタはがしの快感を商品化できないかと考えてみた。皮膚くらいの弾力のシリコンかゴムに、接着剤のやわらかい皮膜のようなものがあって端がめくれている。これを爪にかけてメリメリメリッ。・・・どうもあまり売れなさそうである。考えてみれば、これを家でひとりで楽しんでいるやつというのは相当に暗い。変人といってもよい。

 まあ、カサブタはがしの快感というのは、爪のほうの感覚もだが、めくられるほうの皮膚のほうの感覚も合わさって、爪と皮膚の共同作業として高まるものである。爪のほうの快感だけでは足らないのだ。

 それにしても、カサブタはがしの快感はどうして人類に残ったのだろうか。進化論で考えてみれば、カサブタをはがすとそこから雑菌が入り込み、感染症で死ぬやつが多そうである。そういう、カサブタをはがすDNAは淘汰され、カサブタをはがさないやつがもっぱら残りそうだが。

 それとも、カサブタはがしの快感は比較的最近、人類が細菌を排除した衛生環境に暮らすようになってから生まれたのだろうか(おそらく、せいぜい百年から百五十年ほどである)。あるいは、昔からカサブタはがしの快感はあったのだが、感染症の恐怖(おそらく、悪魔がカサブタはがしの傷口から入り込む、というかたちで考えられてきただろう)から、カサブタはがしを人類はずっと我慢してきたのだろうか。それが、衛生的環境になってきて、おおぴらにカサブタはがしをできるようになったのか。温暖化する世界にあって、カサブタはがしに未来はあるのか。SDGsカサブタの関係は!?

 うーむ。進化論は非常に便利な道具だが、シロウトが振り回すと、ロクなことにならないという例をまたさらしてしまった。