昔の広告文

 岩淵悦太郎編著「悪文」は、タイトル通り、さまざまな悪文を集めて、なぜ悪文になったのかを分析している本だ。

 中に昔の広告文がいろいろと載っている。初版発行当時の昭和30年代のものが多いようだ。

 それらの広告文、「悪文」とされてはいるが、今からすると言葉の感覚がなかなかよいのだ。例えば、次のは「敬語の使い方」の章に載っていた文。(当時の)広告文は敬語を使いすぎるという指摘についての例文である。

中元は夏を涼しくする肌着を



体裁のいい○○○のおふとん



値段につきましては、十分に吟味させていただいていますから、どうぞ安心して求め願います。



(太字は、原文では傍線または傍点)

 当時、「お」や「ご」を付けすぎる風潮があったらしい。特にその頃の女性は「昔は絶対につけなかったはずの魚や野菜の名まえにまで、最近は『お」をつけて言う人が少なくない」そうで、「おたこ」「おにんじん」「お大根」などの言い方が槍玉に挙がっている。しかし、今のわたしの感覚からすると、「おたこ」はともかく、「おにんじん」「お大根」は、そのかすかな古っぽさがかえっていい感じである。

 上の広告文中の「お肌着」「お体裁」「お吟味」も、時代のふうが感じられて、よい。「お中元は夏を涼しくするお肌着を」。何というか、エレベーター・ガールの香りがする(別にエレベーター・ガールの匂いを嗅いでみたことはないが)。

 次の文は、新聞に載った本の広告だそうだ。

 ごく短くて、しかも長編に劣らない探偵小説の醍醐味を兼ねそなえたミステリーのなかのミステリー!! 犯人探しの本格的興味と、読者をアッと言わせる解決の意外性、更に、ハードボイルド的なキビキビしたスピード感から突然、読者を恐怖のどん底に叩きおとすゴシック風な怪奇趣味、又、フランス風に小粋なユーモアとウイットに至る迄、どのページを開いても、あなたの一分間を無駄にさせない。電車の中やオフィスで、ぜひお試し下さい!!

 うーむ。どんな小説なのだろう。ちょっと読んでみたい、気もする、かもしれない。

 文章表現としては稚拙な文である。こういう素朴さは、様式がばっちりできあがった今の広告コピー(単に様式に酔っているだけのコピーも多々見られる)には、ほとんどない。しかし、その無防備なところが一種の魅力を生んでいるようにも思う。書いた人の顔が見える気がする。

 わたしが一番気に入ったのは、次の広告文。ある飲料の広告だそうだ。

 新発売!
 舌でまさぐる宇治の香りに 平安の昔が偲ばれる味です 異国の方にはグラスの底からショウ七リキ(原文ママ)の音が聞こえてくるそうです またお若い方にいわせると十二単重の胸元から 豊かにこぼれる現代女性のにほい そんな酔心地です。

 どんな酔い心地ですか。

悪文 第3版

悪文 第3版