書くことないのでジョーク

 エー、ジョークをひとつ。生前に立川談志が好んだものだ。もっとも、死後に好むジョークというのもなさそうだが。

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 あるレストランに毎晩紳士がやってきて、ディナーを食べる。いつも食前酒に、ショットグラス2つを頼む。ひとつは飲み干し、ひとつはそのまま。
 ウェイターが気になって、あるとき、訊ねた。
「あの、お客様、ちょっとうかがってもよろしいでしょうか」
「はい、何でしょう」
「お客様、毎晩、ショットグラスを2つご注文なさいます。ひとつはお飲みになり、ひとつはお飲みにならない。どういうわけなのでございましょうか。もしなにか差し障りがございましたら結構なのですが、ちょっと気になりましたもので」
「ああ、いやいや、別にかまいませんよ。よく聞いてくれました。僕にはね、ひとりの親友がいて、若い頃から共に学び、共に遊び、共に飲んだ仲なんだ。恋について語り、夢について語り、将来について語り、ま、そんな仲だね。それがね、半年ほど前に遠くへ行ってしまったんだ。・・・いやいや、天国ではなくてね、遠い国へね。もう会えないだろうと思って、こうやってふたつ頼んで、ひとつは自分のため、ひとつは彼のため、それで心の中で語り合っているというわけですよ。彼もきっと異国で同じようにしてくれているだろうと思ってね」
「あ、大変にいいお話で。ありがとうございました。お邪魔いたしました」
 紳士は毎晩やってきた。ところが、あるときから、ショットグラスをひとつしか頼まなくなった。それも気になるので、ウェイターが訊ねた。
「お客様、ちょっとよろしいでしょうか
「はい、何でしょう」
「あの、お客さま。以前は毎晩グラスをふたつご注文なさり、確かひとつはお客様のため、ひとつはご親友のため、ということでございましたね」
「ああ、覚えていてくれたの。ありがとう」
「ところが、この頃、ひとつかご注文なさいません。もしかして、ご親友に事故があったとか、極端な話、お亡くなりになったとか……」
「ああ、違う、違う。僕が禁酒しただけなんだよね」

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 誰がどういうふうにしてこういう話をこしらえるのか。洒落た話である。
 よく考えれば、まあ、変なところもある。例えば、後半で、注文したグラスを客が飲まないのにウェイターが気づかないのは不自然といえば不自然だ。しかし、そういう欠点をあげつらうのは野暮というものだろう。
 ついでに野暮とはどういうことを指すのかを説明するのも野暮なので、やめておく。