すり替えのテクニック

 ノンフィクションライター高橋秀実の「からくり民主主義」に、新聞のテレビ欄に載る視聴者投稿の話がある。たとえば、以前朝日新聞に載ったこんな投稿。

さんまのスーパーからくりTV」(日曜、TBS)を見ているが、解答者のある女性タレントの「天然ボケ」にも飽きがきて、最近は彼女が答えるたびに腹立たしくなる。めったに正解を出さず、真顔でふざけた答えをされると、見ている人をバカにしているような気がしてならない。(二〇〇〇年八月三十日)

 明らかに個人的な感想であり、腹を立てているのは「自分」である。しかし、高橋秀実によれば、

・・・違いは最後のフレーズ。
「見ている人をバカにしているような気がしてならない」
 これで新聞社公認のクレームとなる。

 読み返していて、ウーム、と唸った。「見ている人をバカにしているような気がしてならない」。なかなか便利なフレーズではないか。
 例えば、「ダチョウ倶楽部の上島竜平が熱湯風呂に入って、大騒ぎしていた。いったい何が面白いのかわからない」という文があったとする。これに「見ている人を〜」を付け加えるだけで、個人的な感想を世間一般のそれであるかのように簡単にすり替えられるのだ。

ダチョウ倶楽部の上島竜平が熱湯風呂に入って、大騒ぎしていた。いったい何が面白いのかわからない。見ている人をバカにしているような気がしてならない。

 このフレーズの凄いところは、ちょっとでもふざけた要素があるものなら、世間を代表してピシリと叩けるところだ。

番組にダチョウ倶楽部の上島竜平が出ていた。見ている人をバカにしているような気がしてならない。

 上島竜平が出演しているだけで、世間を代表して抗議できるのだ。
 高橋秀実も書いているが、同じ類いの便利なすり替えワードに「子供に悪影響を与えないか心配である」というのもある。たとえば(これは今おれが適当につくったのだが)、

番組でパイ投げをしていた。食べ物を遊び道具にするのはいかがなものか。子供に悪影響を与えないか心配である。

 これで、自分の不快感を「世間の良識」にすり替えられる。
「子供に悪影響を〜」は、何か少しでも良識に外れたり、暴力的な要素があったりするものなら使うことができ、自分があたかもリッパな意見を言ったかのような快感にひたれる。
 こんなのはどうか。

千秋楽に白鵬が上手投げで勝った。子供に悪影響を与えないか心配である。

からくり民主主義 (新潮文庫)

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