卑近に

 女性週刊誌が常用する手口に、名前に年齢を付す、というものがある。たとえば、今日の女性自身の新聞広告から、いくつか見出しを引っ張ってみよう。


桜田淳子(46)一家5人“東京移住”もう一度芸能界へ……出直し生活


百恵さん(46)“浪人二男”大学進学で叶った「自立の願い」


ヨン様(32)過酷ロケ支える「甘酒・納豆・手料理・ナイキのジャージ」くつろぎオフ生活


 どれもどうでもいい話に思うが、それは私にゴシップや有名人の暮らしへの興味がないからだろう。


 この年齢を付す、という手法は、テレビ画面の向こうにいると思っていた人々を、ぐっと身近な存在にする。


 女性週刊誌というのは、「ここだけの話ですけど、あのおうちのご主人、実はね……」という専業主婦ご近所噂話withおセンベイの代用品である。だから、有名人を、あたかも五軒先に住んでいる人のように感じさせるこの手法は、よく効く。


 試しに、上記の見出しから年齢を外してみよう。


桜田淳子一家5人“東京移住”もう一度芸能界へ……出直し生活


百恵さん“浪人二男”大学進学で叶った「自立の願い」


ヨン様過酷ロケ支える「甘酒・納豆・手料理・ナイキのジャージ」くつろぎオフ生活


 リアルさと日常生活臭が失われることがわかる。


 この手法を、小説に持ち込んだら、どうなるか、やってみたい。


 まずは、夏目漱石の「それから」。原文はこうだ。


 平岡は不在であった。それを聞いた時、代助は話していやすいような、また話していにくいような変な気がした。けれども三千代のほうは常のとおり落ちついていた。ランプもつけないで、暗い室を閉てきったまま二人ですわっていた。三千代は下女も留守だと言った。


 年齢を入れてみる。ちょっとズルだが、“っぽさ”を出すため、姓や名も加える。


 平岡信治(30)は不在であった。それを聞いた時、長井代助(29)は話していやすいような、また話していにくいような変な気がした。けれども平岡三千代(27)のほうは常のとおり落ちついていた。ランプもつけないで、暗い室を閉てきったまま二人ですわっていた。三千代は下女(17)も留守だと言った。


 年齢と平岡の下の名は適当だ。
 隠微なシーンなのだが、小説としては、年齢を入れただけで、急に下世話になる。疑似報道的な、客観性が混じるからかもしれない。


 やる前から失敗の予感がするが、森鴎外の「山椒大夫」。まずは、原文。


 厨子王は十歩ばかり残っていた坂道を、一走りに駆け降りて、沼に沿うて街道に出た。そして大雲川の岸を上手へ向かって急ぐのである。
 安寿は泉の畔に立って、並木の松に隠れては又現れる後影を小さくなるまで見送った。(中略)
 後に同胞を捜しに出た、山椒大夫一家の討手が、この坂の下の沼の端で、小さい藁履を一足拾った。それは安寿の履であった。


 年齢付きバージョン。


 厨子王(12)は十歩ばかり残っていた坂道を、一走りに駆け降りて、沼に沿うて街道に出た。そして大雲川の岸を上手へ向かって急ぐのである。
 安寿(14)は泉の畔に立って、並木の松に隠れては又現れる後影を小さくなるまで見送った。(中略)
 後に同胞を捜しに出た、山椒大夫(63)一家の討手が、この坂の下の沼の端で、小さい藁履を一足拾った。それは安寿の履であった。


 中途半端か。思いついたときは「イケそうだ。うひひひひ」と思ったのだが、どうやら、企画倒れだったようである。「山椒大夫(63)」のところは、なかなかいいのだけれども。


 ここまで書いたんだから、行けるところまで行ってみよう。手法を変えて、「山椒大夫」をTVドラマにしてしまう。


 厨子王(沢田大輝=新人)は十歩ばかり残っていた坂道を、一走りに駆け降りて、沼に沿うて街道に出た。そして大雲川の岸を上手へ向かって急ぐのである。
 安寿(上戸彩)は泉の畔に立って、並木の松に隠れては又現れる後影を小さくなるまで見送った。(中略)
 後に同胞を捜しに出た、山椒大夫田口トモロヲ一家の討手が、この坂の下の沼の端で、小さい藁履を一足拾った。それは安寿の履であった。


 ハンパの上塗りだった。


 どうやら、年齢や配役を入れて、がらりと違う世界を開こうとしても、小説は文章のディテールがそれを拒否するようだ。
 逆に、年齢や配役を入れると、小説としての文章のクセも際立って見えてくるように思う。


 小説がリアルさを生む手法は、報道的文章(桜田淳子一家の東京移住も含めて)がリアルさを生む手法と違う、というか。当たり前といえば、当たり前だけれども。


 小説は甘くなかった。それがわかったことが、まあ、今日の収穫といえば、収穫かな。不作だったけど。


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