松本大洋の花男を読み返した

 松本大洋の「花男」を読み返した。二十年ぶりかそれ以上かもしれない。

 巻末を見ると、三十年以上前の作品である。同時代の漫画を今読むとさすがに時代を感じることが多いが、「花男」はそんな感じがしない。普遍的ということだろうか。あるいはもともと昭和回顧的な要素(舞台になる片瀬江ノ島自体そういうところがある)がたっぷり盛り込まれているせいだろうか。

 物語は母と暮らす小学生の茂雄が夏休みに湘南にいる父、花男のところにやられるところから始まる。マセたガキの茂雄は、ウルトラ天然男で三十過ぎて巨人の四番をめざす花男とことごとにぶつかるが…というお話。

 湘南の素朴なガキどもがいい(特にブーヤンのキャラ!)。ジジイババアどもがいい。子供とジジババを描かせると松本大洋は本当に上手い。

 主人公の名前は「はなお」だが、作品タイトルは「はなおとこ」だそうである。花咲かジジイのような現代のフォークロアを目指しているのかもしれない。

 松本大洋の作品順でいうと、「ZERO」→「花男」→「鉄コン筋クリート」だそうだ。「ZERO」は緊張感の高いシリアスなボクシングの漫画だったが、「花男」で絵もお話も大きく変わった。花男の住む町には河童も天狗もいる。小学校の校舎の屋根には二頭の象がいる(ある?)。背景になにげなくモアイ像が立っていたりする。この世界観は次の「鉄コン筋クリート」にも受け継がれる。

 絵もちょっとしたセリフも、作家が若いときの想像力大爆発というふうである。この後、松本大洋はだんだんと成熟し、優れた作品をたくさん描いていくけれども、おれは「花男」のこの勢いが好きだ。作風の明るさも、彼の作品のなかで特別だ。