痒みの描写

 おれはアトピー体質で、特に夏と冬にひどくなる。

 夏は汗をかくので、どうやらその汗の中の物質が皮膚に悪い反応を起こさせるらしい。己の体内からの物質で己の皮膚がやられるとはどういうことか、と思う。冬は乾燥するので、皮膚に隙間ができ(いわゆるドライスキン)、そこから外の悪い物質が入り込むらしい。ともあれ往生する。

 強い痒みというのはどうにも我慢のできないもので、「掻いちゃダメ」とはよく言われるし、わかってもいるのだけれども、どうにも我慢できないところがある。ええいままよ、と掻きむしると、これが刹那的に気持ちいいのなんの。快感を担当する脳内の箇所が刺激されるらしい。よくできてるんだか、悪くできてるんだか。

 ペルー出身の作家バルガス=ジョサの「世界終末戦争」という小説の中に、痒みにかんする描写が出てくる。ブラジルの荒野に宗教王国を作ろうとした集団に対し、ブラジル軍が攻め寄せるのだが、敵のゲリラ攻撃もあって苦戦し、膠着状態に置かれるなかでの話だ。病院のていもなしてない野戦病院で。引用する。

誰かが足もとで泣いているのでわれに返る。すすり泣くほかの患者たちとは違って、この患者は恥入ってでもいるかのように音をたてずに泣いている。老兵で、もうかゆくてがまんできないというのだ。

「引っかいちまったよ、先生さん」かれは小声で言う。「化膿しようとどうしようともうかまわんさ」

 この、化膿しようとどうしようともうかまわんさ、という心持ち、アトピーの強い痒みに襲われて掻くときと同じだ。掻いちゃダメ、とは理性の言葉であって、強い痒みの前ではそう理性を保てるものではない。

 この後の描写がすごい。

やつら野蛮人どもが用いる忌まわしい武器にやられたひとりだ。共和国兵士のかなりの数がカカレマ種の蟻に皮膚を噛みちぎられているのだ。皮膚を食いやぶって蕁麻疹を起こし、激しい痛みをひき起こすこの獰猛な蟻が、夜が涼しくなるにつれてすみかから出てきて眠っている人間に襲いかかるというのは、最初のうちは避けようのない自然現象だろうと思われていた。(略)

 胸の様子をのぞこうと老兵士のシャツをまくると、きのうの紫色のかさぶたが今日は赤いしみとなって、そのなかで小さな粒が激しくうごめいているのが見える。

 ひぃ。書き写していて、痒みがこっちにまで移ってきた。カイカイカイカイカイカイカイカイ。