ソメイヨシノの戦略、イチョウの幸運

 東京ではこの土日、桜が満開、というか、正確にはソメイヨシノが満開である。

 日本の桜の種類についての統計を見たことがないし、そういうものがあるのかどうか知らないが、おそらくソメイヨシノは日本の桜の8割、9割を占めるんじゃないかと思う。

 ソメイヨシノは挿木によってのみ増える。実をつけない。交配をしないから、どの木もDNAはみな同じであって、人間でいえば、みんな同じ顔をして川端に並んでいるようなものである。

 個体のDNAがどれも同じだから、同じ場所にあれば、気温にしたがっていっせいに花を開く。これがソメイヨシノが派手にわっと見事に見える秘密である。個体のDNAがバラバラだったら咲く時期も微妙に異なるから、ソメイヨシノみたいにいっせいに花開く、なんてふうにはならない。

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SLIMHANNYA, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja>, via Wikimedia Commons Author: SLIMHANNYA

 花というのは普通、繁殖の役割を担っているけれど、ソメイヨシノの場合は、実をつけないんだから、繁殖器官ではない。あくまでわっと見事に咲いて、浮かれた人間に「よっしゃ、あそこもソメイヨシノの並木にしてしまおう」と思わせ、挿木をさせる。そのための道具だ。人間でいえば、チンポコ(すまん)があまりに見事なので、クローン人間をどんどん増やした、というようなものである。

 ソメイヨシノがここまで増えたのは、昭和期にあちこちで桜並木をつくるために挿木がされたからだそうだ。花は繁殖機能を捨て、ただいっせいに咲いてきれいに見せることに専念して、あちこちに増やさせている役目(だけ)を担っている。捨て身である。植物界の中でもなかなか特殊な戦略で繁栄した種だと思う。

 おれはソメイヨシノについて考えると、半自動的にイチョウについて考えてしまう。

 イチョウは木によって雌雄があって、交配で増えていく。個体のDNAはそれぞれ異なっている。秋のイチョウ並木に、早く色づく木もあれば、遅く色づく木もあるのはそのせいだ。ソメイヨシノと違って、いっせいにわっと色づくわけではなく、ちょっとバラけている。

 イチョウは随分と古い木で、中生代(恐竜の時代)に世界的に繁栄したそうだ。

 しかし、新生代に入ってからは他の植物に押され、一時は中国の一地方にわずかに残るだけになったそうだ。ところが、秋の黄色い色づきと独特の葉の形状が美しいということで、宋の時代あたりから中国国内のあちこちに移植されるようになった。それが日本に伝わり、ヨーロッパにも伝わり、今では世界中で街路樹などとして植えられている。絶体絶命からの大逆転であって、なかなか劇的である。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2c/Ginkgo_Avenue_of_Keio.png

User:Takoradee, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0/deed.ja>, via Wikimedia Commons Author: Takoradee

 桜のソメイヨシノも、イチョウも、花や葉が人間に気に入られることによって広まった。普通、生物はエネルギーの奪い合いや繁殖による生存競争に打ち勝ったものが繁栄するのだが、ソメイヨシノイチョウは「美しい」ということを武器にして繁栄したわけで、観賞用植物(人間の美意識を利用して広まる植物)の代表的な成功例だと思う。生物の進化や広がりのストーリーはつくづく面白い。