物に生命を吹き込む

 誠に不思議なのだが、おれには、手にしたものが飛んでいってしまうことがある。昨日も、手にした歯ブラシが突然空中を舞い、歯磨き粉を撒き散らした。ドアを開けようとして鍵が跳ね飛んだ。自動販売機に入れようとした100円玉が手から落ち、自動販売機の下に転がり逃げた。

 20世紀前半のチェコの小説家カレル・チャペックがエッセイでこんなことを書いている。

その人たちは不器用者と呼ばれ、その人たちの手中にある物はにわかに生き返り、自分勝手でいささか悪魔的な気質を示すことさえできるかのようである。むしろ、その人たちは魔法使いで、ちょっと触るだけで生命のない物に無限の精気を吹き込むのだといえる。

 そうなのだ。おれたちは不器用というより、魔法使いなのだ。物に生命を吹き込む選ばれし者なのだ。

 世界中からこの魔法使い達を集めて、魔法合戦を行ったらどうなるだろうか。大したことを行う必要はない。一箇所に集まって、日常生活を行うだけでよい。靴紐が自らからまり、彫刻刀が己の指を刻み、コップが飲み物を入れたまま宙を飛ぶ。ドライバーの先からネジが逃げ出し、トマトソースが玉砕し、ハサミが手裏剣と化して人を襲う。

 ふと今、思った。創造主というのはもしかしたら不器用者だったのではないか。土くれをいじくっていたら、生命が吹き込まれて、勝手に動き出してしまったのだ。きっと自分でも驚いて、とっさに「人間」と名付けたのである。