議会と建築空間

 先週、イギリスの庶民院(The House of Commons。下院)のムービーが、英語があまりわからなくても面白いと書いた。

 そのテレビショウ的な面白さはジョン・バーコウ議長の生き生きとした仕切りぶりによるところが大きいのだろう。EUではブレグジット騒ぎでイギリス庶民院の議会風景がテレビニュースなどに映る機会が増え、バーコウ議長の人気が高まっているらしい。ブレグジットが片付いたらバーコウ議長の庶民院が見られなくなってさみしくなる、というドイツ人の書き込みを何かで読んだことがある。実際、妙な言い方だが、YouTubeにあがっている「バーコウ議長もの」にはほとんどハズレがない。

youtu.be イギリス庶民院の活気は、バーコウ議長の生き生きとした司会(?)のせいもあるのだろうが、議院の仕組みによるところもまた大きいと思う。庶民院の議場は与党(向かって左側)と野党(右側)が対峙する形になっている。椅子はベンチ型で、見たところ、議員は自由に座っているようだ。日本の国会のような名札は見当たらない。ベンチ型なので、発言を求めたり、賛同を表明したりと、庶民院の議員は立ったり座ったり忙しい(バーコウ議長はそれを上手い具合にさばき、目に余る行動をした議員には時にユーモアをもって注意を与える)。

 建築空間は、意識するかしないかは別として、人の物の感じ方や考え方、行動に大きく影響を与える。

 たとえば、キリスト教の教会では奥の高いところに十字架やキリスト像が掲げられ、全てがキリストから見渡されているように感じる仕掛けになっている。神父や牧師は十字架あるいはキリスト像の前に立ち、キリストの権威を背景に話をする。日本のお寺の場合は、仏像は建物の奥の影の部分にぼうっと見えるようになっている。お参りする人は仏像と向き合い、坊さんも、仏像を背景にするのではなく、兄弟子のように参拝者とともに仏像に向き合う。参拝者は大きな意味で仏と師弟の関係であるように感じる。

 建築空間が政治の道具として機能する典型的な例が、ヒトラー時代の総統官邸だ。総統官邸には全長145メートルもの長いホールがあり、総統の執務室はその中央にあった。総統の執務室に向かってとぼとぼ歩く間に、人は自然と総統の地位の重さと高さを植え付けられるようになっている。

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総統官邸のホール。全長145m、天井までの高さ9m。

「玄関からレセプション・ホールまで長い道のりを歩けば、彼らはドイツ帝国の国力と壮大さを味わうことになるだろう」とヒトラーは言ったという(「巨大建築という欲望」、ディヤン・スジック著)。

 イギリスの庶民院与野党向かい合う議場の形式は世界の中でも割と特殊で、「イギリス型」と呼ぶそうだ。多くの国の国会議場は正面の演台と円弧状の議席から成り立っている(「大陸型」)。

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フランスの国民議会(下院)本会議場。

 

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ドイツ連邦議会の議場。

 

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アメリカ合衆国下院本会議場。

 

 おそらく、大陸型の議場は演説を主に設計されているのだろう。与党野党の対決あるいは議論を主に設計されている(ように見える)イギリス型とは建築思想が違う。結果、議員の意識や行動も違ってくるだろうと思う。

 では、我が国の議場がどういう建築空間かというと:

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日本の衆議院本会議場。

 

 いわゆる大陸型である。議長席の上には天皇の御座所がある。フランスやアメリカと違って、議員席より一段高いところに大臣席がある。大臣席がある点ではドイツ連邦議会と同じだが、モダンで軽快な家具(簡素と言ってもいい)を使ったフラットな印象のドイツの議場と違って、いかにも古めかしく、威圧感を覚えさせる設計である。現在の国会議事堂は1920年大正9年)着工、1936年(昭和11年)の竣工。戦前の、天皇〜内閣〜承認機関もしくは賛助機関としての国会、という序列が建築空間に表現され、日々、その序列を再確認させているのかもしれない。

 この重苦しい議場の雰囲気と構成が国会議員の感じ方や考え方、行動に影響を与えているところも、案外、大きいのではないか。