昔、ひさうちみちおの漫画に大阪弁を東京言葉に変えるというのがあって、大笑いした覚えがある。たとえば、映画の喧嘩のシーンでよく出てくる「お前ら、なんぼのモンじゃい!」を東京言葉に直すと「君たち、いくらのものなんだい?」になるんだそうだ。
テレビの影響か、今は東京の日常会話でも大阪弁(もどき)がしばしば混じる。おれも「知らんわ」とか、「ちゃう(違う)」とか、意識せずに使っていることがある。大阪弁はもはや日本の第二言語、あるいは第二共通語と言っていいくらいだと思う。
大阪弁を仮に無理やり訳したら(共通語や東京言葉に変えたら)どうなるか、というのが今日のお題だ。テキストは中場利一の「カオル ちゃーん!! ~ 岸和田少年 愚連隊 不死鳥篇〜」である(岸和田は大阪弁の中でも泉州弁という独特の「濃い」言語を使う土地である)。
まずは原文。
「コラ、ダレが自衛隊やねん、年が足らんわい」
しかし定は帰してはくれない。女にモテないから、女づれだとよけいに突っかかってくる。
「チャラチャラすんなボケ! 殺すど!」
「殺してみんかい」
肩をつかんできたので振り向き様に裏拳で一発、顔面を殴ってやった。グッ……と定は鼻を両手で押さえ、下がった。
「定、ワレなめてたらアカンど。ワレひとりと、こんなヘーのプーみたいなガキ二人で、オレに勝てるとでも思てんかい」
訳文。
「オイ、ダレが自衛隊だ、年が足らないだろ」
しかし定は帰してはくれない。女にモテないから、女づれだとよけいに突っかかってくる。
「チャラチャラするな馬鹿野郎! 殺すぞ!」
「殺してみろよ」
肩をつかんできたので振り向き様に裏拳で一発、顔面を殴ってやった。グッ……と定は鼻を両手で押さえ、下がった。
「定、お前なめんなよ。お前ひとりと、こんなオナラぶーみたいなガキ二人で、オレに勝てるとでも思ってんのか」
東京言葉に変えただけで、見えてくる光景が全然違ってくる。
いっそ、キザな東京言葉にしてみよう。
「おい、誰が自衛隊だい、年が足らないじゃん」
しかし定は帰してはくれない。女にモテないから、女づれだとよけいに突っかかってくる。
「チャラチャラするなよばか! 殺すよ!」
「殺してみなよ」
肩をつかんできたので振り向き様に裏拳で一発、顔面を殴ってあげた。グッ……と定は鼻を両手で押さえ、下がった。
「定、君はなめたらいけないね。君ひとりと、こんなおならの音色みたいなお子たち二人で、僕に勝てるとでも思ってるのかい」
なぜか尻がナヨナヨな感じになった。
なお、「じゃん」は本来、横浜の言葉らしい。戦後のジャズブームかグループサウンズの頃に音楽関係者や不良を通じて、東京に輸入されたのかもしれない。
東京の下町言葉(というか、東京落語言葉)だとどうなるだろう。
「おぅ、ダレが自衛隊でぃ、年が足らねェよぅ」
しかし定は帰してはくれない。女にモテないから、女づれだとよけいに突っかかってくる。
「チャラチャラすんじゃねェ馬鹿野郎! 殺すぞ!」
「おぅ、殺してみねェ」
肩をつかんできたので振り向き様に裏拳で一発、顔面を殴ってやった。グッ……と定は鼻を両手で押さえ、下がった。
「定、テメェなめたらいけねェよ。テメェしとりと、こんなおならブーみてェなガキ二人で、オレに勝てっとでも思ってんのけェ」
しかしまあ、同じ日本語の中でもこれだけニュアンスが違うのだ。外国の小説を翻訳で読むとき、あるいは映画で字幕を見るとき、わしらはどのくらい、ニュアンスを理解できているのだろうか。
- 作者: 中場利一
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