穴ぼこか引き出しか

 このところ、とみに物忘れがひどく、「あれをやらねば」と思っていたことを三秒後には忘れてしまう。「あれを買わねば」とコンビニに行けば、その「あれ」をすっかり忘れてしまって、特に入り用でもないスルメなんぞを買って帰ってくる。

 酒を飲むとさらにひどくなり、人の名前が出てこない。映画の話なんぞをすると、「あの映画に出てたあの役のあの俳優」などという実に無駄な言葉を発してしまう。衒学的に言うと、プラトンの言うイデアだけがそこには宿っている。

 年をとって、頭の中に穴ぼこがちょぼちょぼ空いてきたんだろうか。それとも、脳というタンスの引き出しがガタついてきて(おそらくタンスが歪んできているのだろう)、なかなか開かなくなってきたのか。どちらかというと、おれとしては引き出し説のほうが近いと思っていて、その証拠に、三日と十二時間後の仕事中に突然、「仁義なき戦い槙原役をやった田中邦衛」などと意味がなく引き出しが開く。

 あるいは、脳内の電気回路の接触が悪くなるとか、ダメになったピタゴラスイッチとか、他にもいろいろ物忘れの理由のたとえは浮かぶが、本当のところは穴ぼこでも引き出しでも電気回路でもピタゴラでもなくて、単におれの頭がカマボコ化しているだけなのかもしれない。