イスラム帝国の誕生

 

 講談社学術文庫の「興亡の世界史」シリーズは何冊か読んでいる。統一した編集方針に合わせて専門家に書かせるというより、ある程度、各著者に内容を任せているようで、本によって面白さがかなり異なる(もちろん、読み手の興味や好みによるが)。

 これまで読んだなかで一番面白かったのは「モンゴル帝国と長いその後」(杉山正明著)だ。この「イスラーム帝国のジハード」はその次に面白い。

 アラブのいわゆる無明時代=多神教の部族社会から始まって、ムハンマド(570年頃 - 632年)の時代、正統カリフ時代(632年 - 661年)、ウマイヤ朝(661年 - 750年)、アッバース朝(750年 - 1258年)、その後の展開を、イスラームの教義/社会原理、現実の社会制度の両面から語っている。モンゴル帝国についてもそうだったが、イスラームの帝国についておれは内側をほとんど知らなかったから、興味深く読むことができた。また、戦術、戦闘、進撃の記述もあり、男の子的に血湧き肉躍った。

 それにしても、イスラーム国家が版図を広げた早さには驚く。ムハンマドが最初の啓示を受けたのが610年頃。マッカ(メッカ)で迫害され、マディーナ(メディナ)に移った(いわゆるヒジュラ、聖遷)のが622年。マッカを逆襲し、無血開城したのが630年。アラビア半島の統一が631年。そして、ウマイヤ朝が、東はパキスタンウズベキスタンから、中東、北アフリカを経て、西はスペインまでを支配下に収めたのが712年頃である。

 マッカは現在はイスラームの聖地だが、ムハンマド以前からカアバ神殿にアラブ人が巡礼で訪れる宗教都市だった。ムハンマドの時代の人口は約1万人だったそうだから、金毘羅様のある香川県琴平町(人口9千人)くらいか。巡礼の集まる金比羅様の町を征服してから80年ほどで大帝国ができあがったことになる。

 イスラーム国家の急速な支配の成功は、必ずしも強い信仰や、よく言われる「コーランか、剣か」という脅迫のゆえではなかったらしい。

 ウマイヤ朝はアラブ人支配だったそうだが、広い版図を人口の限られたアラブ人だけで治めるのには限界がある(これは後のモンゴル人の帝国も同じ)。一方で、各地域での宗教としてのイスラームへの改宗はゆっくりと進み、ある研究ではエジプトでもイランでも住民の半数がイスラームに改宗するのに1世紀以上かかっているという。

 大帝国の広がりは宗教だけが理由ではない。そこにはいろいろな要素がからみあっているのだが、詳しくは本書を読んでいただきたい。面白いです。