山手源氏物語

 昔、山手線の「日暮里(にっぽり)」を「ひぐれのさと」と読むとみやびになると誰かが言ったのを、なぜだか突然思い出した。頭の中の混線状態がますます進んでいるらしい。

 混線したまま、その手の名前が他にもないかなー、と、山手線の路線図を広げてみた。

 ありました。「鶯谷(うぐいすだに)」、「原宿(はらやど)」、「秋葉原(あきはばら)」である。

 今の日暮里や鶯谷は、さしさわりがあったらお詫びするが、これといって特徴のないまちである。原宿は明治神宮、代々木公園、表参道と、ナウなヤングタウンが入り混じる、現代の東京を象徴するようなまち。秋葉原はご存知の通りの有様で、ロリロリアニメが苦手なおれはなるたけ近寄らないようにしている。しかし、まちの光景の記憶を頭から拭い去り、文字面だけを見ると、いずれもなかなかみやびだ。そこはかとなく無常観も感じさせる。

 試しに源氏物語の帖名に忍ばせてみよう。

一.桐壺(きりつぼ)
二.帚木(ははきぎ)
三.空蝉(うつせみ)
四.夕顔(ゆうがお)
五.若紫(わかむらさき)
六.末摘花(すえつむはな)
七.紅葉賀(もみじのが)
八.鶯谷(うぐいすだに)
九.葵(あおい)
十.賢木(さかき)
十一.日暮里(ひぐれのさと)
十二.須磨(すま)
十三.明石(あかし)
(・・・)

三七.原宿(はらやど)
三八.鈴虫(すずむし)
三九.夕霧(ゆうぎり)
四十.秋葉原(あきはばら)
四一.幻(まぼろし)
四二.雲隠(くもがくれ)

 うっかりすると、そのまま読み流してしまいそうだ。

 山手線ではないが、「綾瀬(あやせ)」、「上中里(うえなかさと)」、「蕨(わらび)」、「高円寺(たかまどでら)」なんかも源氏的で美しい。こちらは外伝として宇治十帖のような扱いにするとよいかもしれない。