武器の進化の条件

動物たちの武器

動物たちの武器

 動物の武器が進化する条件と、同様の目で人間の武器が進化する条件について考えた本。最近読んだなかではかなりのヒットであった。
 著者によれば、以下の3つの条件が揃ったとき、動物の武器は急速に進化するという。

1. 熾烈な争いがあること
2. 限られた資源(動物の場合、主にメス)を効率よく守る(奪う)必要があること
3. 一対一の戦いとなること

 たとえば、フン虫の中には長いトンネルを掘って、その奥にメスをかくまう種類がいる。ツノを持つオスは巣穴の途中でメスを守る。他のオスが巣穴の中に入ってくると、そこで一対一の戦いが起きる。そうなると、武器の大きいほうが戦いでは有利で、勝ったオス(たいていは大きいツノを持つほう)がメスと交尾でき、「武器が大きい」という遺伝子が残っていく。生まれたツノの大きいオスが、別の、ツノが大きく生まれたオスと戦い、片方が生き残り、その遺伝子が残って(プラス突然変異が起こり)、オスとオスの間でツノの大きさの「軍拡競争」が進む。
 一方、トンネルを掘らないで野っ原で暮らすフン虫の場合、ツノの大きさだけでメスと交尾できるわけではない。武器よりも素早さが重要になったりする(たとえば、オスとオスが野っ原で争っている間に、素早いオスがメスと交尾してしまう)。そういうフン虫はツノを持たない。
 あるいは、アフリカのグンタイアリとシロアリ。グンタイアリはご存知の通り、巨大な群れで移動し、獲物をあっという間に取り巻き、大きな獲物はバラバラにして巣に運んでしまう。グンタイアリの兵隊アリは強力なアゴを持つが、長距離を移動するため、あまりアゴが大きすぎると邪魔になる。一方、シロアリは蟻塚を作ってその何箇所かに穴を開け、出入り口を兵隊アリが守る。シロアリの兵隊アリはほとんど移動する必要がないから、巨大な頭部とアゴを持てる(移動のための体型に栄養をまわす必要がない)。グンタイアリの兵隊アリが巣に侵入しようとすると、巨大なアゴを持つシロアリの兵隊アリと一対一で戦わなければならず、たいがいはシロアリが勝つ。
 同様のことが人間の歴史上でもあって、ヨーロッパの中世の騎士はもっぱら一体一で戦ったから、やたらと重い鎧をまとった(転ぶと自力では起き上がれなかったそうだ)。最初は比較的軽い鎧だったのだが、戦いを何世代も続けるうちに、分厚い鎧のほうが有利という結果が出て分厚い=重たい鎧へと軍拡競争が進んだ。
 では、上記の3つの条件が揃えば、どこどこまでも武器が巨大化するかというと、そうではなくて、どこかで歯止めがかかる。
 ひとつの歯止めはコストパフォーマンス(経済的原理と言ってもいい)で、たとえば、ヘラジカはご案内の通り、大きなツノを持つ。ツノの成長にはミネラルが必要で、巨大なツノを持つには全身の骨からミネラルをツノに回さなければならない。あまりツノが巨大になりすぎると、骨粗しょう症になって、そのオスは「ツノは立派だが、すぐに骨折する」という間抜けな理由で遺伝子を残せなくなる。
 もうひとつの歯止めの理由が興味深くて、「だまし」だそうだ。たとえば、トンネルを掘るフン虫の場合、横穴を掘るオスが現れることがあるという。大きなツノを持つオスが巣の途中で「守っているつもり」のうちに、横穴を掘ったオスが奥にいるメスと交尾してしまう。こうなると、大きなツノなぞ役に立たない。
 人間の場合、たとえば、ヨーロッパ中世の騎士の鎧は、長弓やマスケット銃の登場で無用の長物になってしまった。騎士からすると、長弓やマスケット銃は「卑怯」に思えたことだろう。あるいは、20世紀前半、巨大な戦艦は爆撃機や魚雷、潜水艦の登場で、これまた無用の長物になってしまった。最近の流行り言葉でいうと、「イノベーション」とかいうやつで、巨大な武器が無力化するということだろうか。あるいは、巨大なコストをかけた巨大な威力の兵器では抵抗できない「テロ」もまた、「だまし」の一種といえる。横穴を掘るフン虫の手法である。
 面白い本だ。おれの腕ではこの面白さをなかなか伝えられない。興味を持った方には一読をおすすめする。
 著者は元々フン虫の研究者で、今の日本の政府なら「役に立たない」とあっさり切り捨てそうな研究を専門としている。しかし、一見、社会的には無駄に思える研究がひょんなことで他の要素とつながって(この本の場合は、「動物の武器が巨大化する条件」〜「戦争の歴史」〜「軍事技術」)、非常な知見が生まれることがある。基礎研究というものは、政府や役人の考えるような目先の損得ではわからない利益を生み出すものなんだろう。そして、どの基礎研究分野が(というより、誰が、ということかもしれないが)将来、利益を生み出すかはわからない。