驚異の小宇宙 腸

 おれは地球とか宇宙とかよりもどっちかというと小さいほうに興味がわくタチで、とは言っても、原子とか電子とかになると想像の範疇を超えてしまうので、手が出せない。細菌とか体の仕組みくらいが適度な興味のサイズである。特に人体の仕組みというのはどこをとってもよくできていて、どうして放っておいたらこんな見事な仕組みができあがったのか、常々不思議に思っている。
 今日取り上げたいのは腸である。
 おれは生まれつき腸が非常に弱い。人生がままならぬものと知ったのは、2、3歳の頃、朝目が覚めた途端にウンコ(というか、柔らかさ具合からいうと、うんち)を漏らしたときで、おそらく年齢的に、生の不条理を理解したのはアルベール・カミュより早く、この世の無常にはらはらと落涙したのは光源氏より早く、人の世の無情を思い知ったのはジャン・バルジャンより早かったろうと思う。以来、幾星霜。おれの人生は腹痛との闘いの歴史であったと言っても過言ではない。
 で、今朝も熱く闘いながら、ふと、腸の蠕動運動というのはどういう筋肉の働きで起きているのだろうか、と思った。腸が自律神経によってコントロールされているということくらいは何となく知っているが、腸の写真を見ても、例えば心筋のような明らかに「筋肉!」と見えるものはなく、もちろん、腕や脚のような筋肉がついているわけでもない。大腸では下から上に物を持ち上げる箇所もある。腸が物を送る仕組みというのは随分とよくできているし、また不思議ではないか? それで、ひと戦終えて、というか、腸のほうに休戦していただいて、調べてみた。といっても、インターネットでちょこちょこ検索してみただけであるが。
 どうやら、腸管のまわりには、管を巻くように環状筋というものがあり、そのすぐ外に、腸の長い方向に沿って縦走筋というものがついているらしい。メッシュ状になっているということだろうか。環状筋も縦走筋も平滑筋でできていて、筋肉の構造が心筋や骨格筋(腕の筋肉とかね)とは違っているらしい。でもって、平滑筋がどういう仕組みで伸縮するのかはいまだに定説がないのだそうだ。この、遺伝子操作がどうの、ビッグバンがどうの、クォークがどうの、と話題になる時代に、仕組みがいまだによくわからんとはなかなかやるもんだぜ、平滑筋。
 で、ご存知の通り、腸の運動は自律神経(交感神経と副交感神経)に支配され、自分の意志ではどうにもならない(おかげで、おれは今まで数々の悲劇に見舞われてきたのだが、それについては置いておく)。腸の周りには自律神経につらなる神経がびっしりと張り巡らされ、「第二の脳」と呼ばれている。
 この第二の脳が腸を勝手に動かしやがるのだ。チキショー。考えてみれば、おれの人生は第一の脳と、この第二の脳の尽きるともない闘いだった。何を考えているのだ、第二の脳? おれの一部でありながら、なぜそうおれに害をなすのか??
 少なくともおれの第二の脳は相当に気難しく、しかも相当に短気である。ちょっとしたことでキレる。と思ったら、異常にやる気を失い、サボタージュすることもある。おかげで第一の脳は随分と苦労してきた。
 そして、闘いはまだまだ続くのだ。おそらくは死が二つの脳を分つまで。イヤんなるぜ。