プログレのタイトル

 このところ、プログレプログレッシプ・ロック)の曲をいろいろ聞いている。

 単調な作業の仕事をしていて、BGM代わりにYouTubeで音楽を流しているのだが、3分くらいで終わる曲だとしょっちゅう曲を選ばなければならない。プログレの曲は長いものが多いから、その点、便利である。

 おれがプログレを聞いて素直に感動していたのは高校生の頃(1980年代初め)で、もはや四半世紀も前の話だ。プログレの全盛期は1970年代前半だから、当時でも時代をさかのぼって聞いていた。

 今聞き直すと、大仰で堅苦しく、演奏するメンバーはひらひらした衣装をまとったりしていて、さすがに高校生のときのように素直に感動はできない。しかし、懐かしさといささかの気恥ずかしさと「だっせー」という自分への言い訳とを交えながらも結構楽しんでいる。「ああ、この人たちはこういうことを考えて音楽を作っていたんだな−」と、高校生の時分にはわからなかったことがわかったりもする。

 当時のプログレの邦題はやたらと漢語が多くて、笑ってしまう。たとえば、イエスのアルバム「Close to the Edge」は「危機」である。まあ、端っこ近くにいれば危なくはあるだろうけど。タイトル曲「Close to the Edge」は四部構成になっていて、それぞれのパートにはこんな邦題がついている。

1. 着実な変革 The Solid Time of Change
2. 全体保持 Total Mass Retain
3. 盛衰 I Get Up I Get Down
4. 人の四季 Seasons of Man

 イエスの歌詞は、大仰でわかったようなわからないような感じだから、当時のレコード会社の邦題担当の人もどう解釈すればいいのか困ったのではなかろうか。「着実な変革」って、何だか抜本的改革案を役所の人が粛々と実行に移すみたいで可笑しい。「Total Mass Retain」はジョン・アンダーソン(イエスのボーカルの人)が何を言いたいのか今いち、というか全然わからないが、「全体保持」という訳はさすがにダサすぎるんじゃなかろうか。「I Get Up I Get Down」の「盛衰」もレコード会社の担当の人の困りました感満々である。

 ピンク・フロイドで有名な邦題は「Atom, Heart, Mother」の「原子心母」だろう。直訳だけれども、コンマを外して「げんししんぼ」と読ませたところ、音の感じが素晴らしい。「ん? なんだ?」と言いたげな乳牛のジャケットとも相まって、日本版オリジナルのわけのわからない感覚世界を生み出しているように思う。「The Dark Side of the Moon」の邦題は「狂気」である。月の暗い側というのは心の暗い部分のことを指しているからあながち間違っているわけではないが、原題のニュアンスを踏みつぶして、まとめている。ぞんざいだ。その次のアルバムの「Wish You Were Here」は「炎〜あなたがここにいてほしい」で、「炎」はジャケット写真から来ているが、「あなたがここにいてほしい」はピンク・フロイド側から指定してきたんだそうだ。彼らにも(たぶん、日本語はできないだろうけど)、日本のレコード会社ってどうよ、みたいな意識があったのかもしれない。

 エマーソン、レイク&パーマ−の「Brain Salad Surgery」は「恐怖の頭脳改革」で、まあ、乱暴だが、笑えるから良い。たぶん、レコード会社の人は原題をどう解釈していいのかわからなくて、半ばやけくそ気味に、えーいドッカーン、とつけたんではないか。原題は性的なスラングなんだそうだ。収録曲の「Karn Evil 9」には「悪の教典」という、プログレというよりはその後、ハードロック/ヘビメタの文化となっていくタイプの邦題が付けられている。

 おれが一番笑ってしまうのは、ユーライア・ヒープの「対自核」だ。何かわからないが高尚で難解な哲学を語っているのであろう、と思って原題を見てみると、「Look at Yourself」である。「自分を見つめなさい」。高校教師が放課後の教室でニキビだらけの高校生にでも説教しそうな言葉である。対自核。うーん。

 この手の大仰で小難しげで深刻げなタイトルが受ける時代ではあったのだろう。プログレというのは大仰で堅くて小難しげで深刻げで垢抜けない音楽で、大仰で堅くて小難しいことや深刻そうなムードが大好きで垢抜けない男の子がヘッドホンで大まじめに聴きそうな音楽だったから(白状するとおれもそんな高校生だった)、日本のレコード会社は漢語のわかったようなわかんないような大仰で小難しげな深刻さで売っていたのかもしれない。気恥ずかしくもなつかしい感じはある。

 しかしまあ、70年代半ば、こんな音楽がはびこっていたら(もちろん、プログレばっかりじゃなかったろうけど)、「うっせーなー、エッラそうに。とにかくガンガンやりゃいいんだよ!」とパンクみたいな音楽が出てくるのもよくわかる。今ふりかえると、いわゆるプログレらしい音が成立していたのはせいぜい5年間くらいである。短い命の音楽ではあった。