レーニン体育館

 昨日、ちょっと用事があって昔いた大学を訪れた。

 敷地に足を踏み入れるのは二十年ぶりくらいかもしれない。用を終えてから、ふと思い立ってレーニン体育館が今どうなっているのか見に行ってみることにした。レーニン体育館というのは正しくはトレーニング体育館という名称で、ただ、おそらくは昔の学生のいたずらなのだろう、入り口のところにある浮き彫りの表示の「ト」と「グ」が外されて、「 レーニン 体育館」となっていたのだ。

 いつそういう表示になったのかは知らない。わたしが在学していた頃にはすでにそういう表示になっていた。当時の体育教官は、「ああいう世界史に名を為した人物に敬意を表して、そのままにしているのです」と言っていた。その体育教官のお決まりの冗談だったのか、それとも体育教官の会議でそういう冗談交じりの話が実際に出たのかはわからない。わたしの大学時代というのは、(実際には気息奄々だったようだが)まだソ連邦も東欧社会主義諸国も存在し、大学の授業ではマルクス経済学も近代経済学と並んで幅をきかせ、マルクス主義を標榜してもくだらない冗談とは受け取られなかった、そういう時代である。

 大学の敷地の中を歩く。昔あったおんぼろの建物が壊され、跡地にいかにも今風の全面ガラス張りの建物ができ、その中にイタリアン・トマトが入っていたりして、昔とはだいぶん様子が変わっていた。しかし、裏手にまわると、ジャージを着た学生たちが芝居の大道具を作っていたりして、そういうところはあんまり変わらないようだった。

 うろ覚えではあったが、さほど迷うこともなく目的の建物を見つけた。入り口の表示から「レーニン」は消えていた。ソ連邦の崩壊・社会主義幻想の後退と、それに伴うロシア国内各地におけるレーニン像破壊に、あるいは連動したのだろうか。しかし、体育館の表示自体は新注されることもなく残骸のように残っていた。「ト」「グ」「レーニン」だけでなく、最近の学生の活字離れを反映してか「本」の部分もなくなり、「イ育館」と書いてあった。