コケる人〜3

 わたしのようによくコケる者にとっては、コケた後のリアクションというのもなかなか大きな問題だ。

 たいていは「うわととと」などと言ってしまう。しかし、これは誤魔化そうとしているのがみえみえであり、後でかえって恥ずかしくなる。コケた恥ずかしさ+「うわととと」という芸のない言葉の恥ずかしさ、の重ね塗りである。

 じゃあ、コケた後のリアクションはどうするのがいいのだろうか。

 もちろん、何事もなかったかのように立ち上がり、すっと歩み去る、という手はある。しかし、それも自意識過剰の裏返しのようであるし、周囲の人々へのサービスに欠ける気もする。

 スネのあたりを抱えたまま、じっとその場にうずくまるとか、いっそ、這って目的地へ進むのはどうか。誤解されるだけか。本気にされて救急車なんぞ呼ばれたら、目も当てられない。

 今なら、コケた直後にオバマ氏の“Yes, we can!”を叫ぶというのもいいかもしれない。イエス、ウィ・キャン。そうさ、明日はきっとできるさ。何をかは知らないが。

 その点、わが国の政治家のフレーズは使いづらい。

 コケておいて、小泉元首相の「感動した!」は変だし、「一喜一憂しない!」と叫ぶと、不気味がられる気がする。福田元首相の「私はあなたとは違うんです!」も怖がられるだろう。

 案外と、安倍元首相の「再チャレンジ!」はよさそうだ。「美しい国、ニッポン!」も、捨てがたい。まわりからは円状に人が離れていくかもしらぬが。

 まあ、じゃあ、自分の目の前で誰かが転んだらどうかというと、気の毒だとは思うが、恥ずかしいとか失敗したとかは思わない。コケた人を目の当たりにした人は、同情や心配こそすれ、嘲りや笑いの感情は覚えないものだろう。

 してみると、コケた後の「うわととと」とか、膝の当たりを軽くハタいてみせるとか、足早に立ち去るとかは、全くもって自意識過剰のゆえである。まわりの人々がおかしみを覚えるとしたら、コケたこと自体ではなく、その後のリアクションから透けて見える自意識過剰のありようのような気もする。