翻案・ヘンゼルとグレーテル初日

 昨日、「和菓子の家」というくだらない思いつきを書いたついでに、ヘンゼルとグレーテルの翻案をやってみたいと思う。


 例によって出たとこ勝負でやるので、どうなるかはわからない。まあ、いつもの通り、行って、当たって、ばったり、となる可能性が甚だ高いわけであるが……。


 なお、底本には青空文庫の「ヘンゼルとグレーテル」(「世界おとぎ文庫(グリム篇)森の小人」、ヤーコプ・ルードヴィッヒ・カール・グリム/ヴィルヘルム・カール・グリム著、楠山正雄訳、小峰書店、1949)を使う。


青空文庫 - ヘンゼルとグレーテル


 エー、どうもお暑い中、いっぱいのお運びで厚く御礼申し上げます。


 これからあたくしがいたします噺は、有名なグリム兄弟の「ヘンゼルとグレーテル」を日本風に改めたものでございまして、ヘンゼルは平吉、グレーテルはお照、と、こういうふうに名前を変えております。どうかしばらく、お付き合いのほどを願います。


 近頃はだいぶ世の中がよくなりまして、食べ物に困るということはまずございません。
 格差だ、リストラだ、我々の生活をどうしてくれる! なんて話がよく出まして、それはそれで大変なのでございましょうが、ンー、飢える、本当に食べ物がなくなってしまう、やせ衰えて死んでしまう。そんなことはほとんどございません。


 そこへ行くと、江戸時代には飢饉ということがあったそうで、江戸や上方は全国から物が集まりますからまだ何とかなりますが、エー、地方に行くと、米が穫れない、まわりも全部飢饉だ、向こう半年間食べる物のアテがない、なんていうひどいことがあったそうでございます。


 ここに登場します家族は、父親が炭焼き、女房と子どもがふたりおりまして、山の炭焼き小屋に暮らしております。女房はこういうお話にはお定まりの、まま母というやつでございまして――ママと母では同じではないか、という方はこの先、置いて参ります――子どもは兄が平吉、妹がお照と申します。


 元々、貧しい炭焼きですから食べる物に不自由することもございましたが、ある年、国中が大飢饉。米はおろか、麦、稗、粟の類までなくなってしまいました。


 炭焼きの父親、腹が空いて眠られず、おかみさんに話しかけます。


「なあ。わしら、これからどうなんべや。子どもら、どうやって食わせていくべえ。可哀想になあ。なんしろ、養ってくわしらふたりの食うもんがねえ」
「おまえさん、いっそ、こうしようじゃないか」
「どうすべえ」
「お照は女郎に売り飛ばして、平吉は江戸のお店に奉公に」
「バカタレ。それでは、話が他に行ってしまうでねえべか! グリム風に行け、グリム風に」
「グリム風ね……。じゃあ、明日の朝、子どもらを山奥まで連れてくってのはどうだい」
「うん。それはだいぶグリム風だ」
「それでね、たき火して、あたしらは仕事に出かけて、そのままふたりを山に置いてくんのよ。あの子らに帰り道なんて見つかりっこないから、それで厄介払いができるわさ」
「おめえ、おっそろしいこと考えるべなあ! そんなこたあ、わしにゃあ、できねえよ。山には熊もいりゃ、狼もいる。あいつら、食われてしまうべな」
「おまえさんの馬鹿には呆れるねえ。そんなこと言ってたら、あたしら四人が四人、飢え死にしてしまうじゃないのさ。いいかい。四人死ぬか、二人死んで二人生き残るか。どっちがマシか、ちっとはわかりそうなものじゃないか!」
「そうは言ってもなあ。子どもらが可哀想だなあ」


 それでもこの親父、元々、ぼんやりしているうえに、腹が減って気力が落ちていたものか、おかみさんに言いくるめられて、承知してしまいます。
 子どもらはというと、こちらも腹が空いて眠られず、この話をそっくり聞いておりました。妹のお照はしくしく泣き出してしまいます。


「あたし達、もうダメね」
「お照、泣くない。安心しな。観音様がきっとよくしてくださるから」
「神様じゃなく、観音様とは日本風ね」
「それを言うな。話していて、おらもちょっと苦しい」


 明くる日になりますと、朝早くから、おかみさんが起こしに参ります。


「おまえ達、いつまでぐずぐず寝てんだい! いいかい。今日はみんなで山に薪を集めにいんだからね。さっさと起きな! ハイ、これ、昼のご飯。今、食べんじゃないよ! こんだけしかないんだから!」


 ふたりに炒った豆を渡します。


 親父も入れた四人は、山の中へとずんずん入って参りました。平吉はというと、帰り道の印になるよう、豆を少しずつ落としております。


 おかみさんは、子どもらがまだ来たことのない山奥まで連れて参りました。そうして、じゃんじゃん、たき火をいたします。


「さ、ふたりともここでじっとしてんだよ! くたびれたら眠ってもかまわないから。あたしらは森で薪を穫って、夕方になったら、戻ってくる。そしたら、四人でうちに帰ろう」


 仕方なく、平吉とお照はたき火のまわりで遊んでおります。やがて、お昼になりまして、


「あら、お兄ちゃん、豆を食べないの」
「うん。途中の道に落としてきたんだ。ちょっと考えがあってね」
「ふーん。じゃあ、分けたげる。ちょっとしかなくて悪いんだけど」


 豆を食べてしまうと、ふたり、重なるようにして眠ります。


 目を覚ますと、あたりはもう真っ暗。もちろん、親は迎えに参りません。
 お照は泣き出してしまいました。


「お照。まあ、お月様が出るまで、待ってな。お月様が出りゃ、こぼしておいた豆も見えるし、それをたどっていけば、道も見つかる」


 ようようお月様があがり、ふたりは出かけます。ところが、豆は見つかりません。
 子どもの知恵というのは、賢いようでもどこか足りないもので、山の鳥達がすっかりつついてしまったんですな。


「ねえ、お兄ちゃん、豆がないよ」
「大丈夫、そのうち、道は見つかるさ」


 ふたりは夜中、歩き通します。


 ワオーン、ワオーン。


 時折、狼の声が遠くに響きます。平吉とお照は、月明かりの下、びくびくしながら歩きますが、道は見つかりません。


 ワオーン。
 パン!
 キャウーン。


「何かしら。銃声みたいだけど」
「うん――赤ずきんちゃんの狼が撃たれたんだろう」


 またしばらく歩くと、


 ワオーン。
 ジューッ。
 キャウーン。


「今度は何かしら。煮えるような音が」
「三匹の子豚が狼を茹でたんだろう」


 またしばらく歩くと、


 ワオーン。
 ボチャン。
 キャウーン。


「今度は何かしら。水に落ちるような音が」
「七匹の子ヤギが泉で狼を溺れさせたんだろう」
「……あたし、だんだん、狼が可哀想になってきたわ」


 などと狼を哀れんでいるうちに、昼にちょっとの豆を食べたっきりですから、空腹と疲れで、ふたりはすっかり参ってしまった。崩れるように倒れると、そのまま眠ってしまいます。


 この後、平吉とお照に、恐ろしい運命が待ち受けているわけですが、どうやらお時間のようで。また、明日。

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「今日の嘘八百」


嘘五百十二 ヨーロッパでは、狼の人権が問題になっているそうだ。