赤い先生

 今の二十代以下の人達は、あるいはあまり体験していないかもしれない。
 わたしが中学・高校でブイブイ言わせてた頃は(指を二本立てて前後すると、相手が「ブイ、ブイ」と言ってくれるのである――我ながらくだらない)、まだ大まじめにマルクス主義を掲げる先生達がいた。


 年代で言うと、1970年代終わりから1980年代前半のことである。


 今でもよく覚えているのが、高校の世界史の先生だ。仮にA先生としておこう。


 A先生は戸塚ヨットスクール戸塚宏校長に顔がクリソツで、エネルギッシュで押しが強いところも似ていた。


 優秀な教師で――という意味は、受験のツボをうまいこと教える先生で、大手進学塾から高額でスカウトされている、という噂があった。
 一方で、真っ赤っかの人でもあった。


 わたしは高校の三年間、A先生に世界史を教わったのだが、いろいろと印象に残っていることも多い。


 何しろ、世界史の初めを、そんなものあったんだかどうだかわからない原始共産制社会から説き始めるのである(「原始共産制社会」というのは、財産の概念がなく、みんなで働いてみんなで分け合いました、という、よくも悪くもユートピア)。


 折に触れては「資本論」を持ち出して、「他の学問をするうえでも基礎になる本です。ぜひ読みなさい」とのたまった(生徒には、シカトするタイプと、読み始めて3ページで挫折するタイプがいた)。


 世界史の中でも特に革命の話に力を入れていた。フランス革命については、教科書とは別の本を使って、確か、二ヶ月ほどやったんではなかったか。
フランス革命は財産権を認めたのが残念だ」と悔しがっていた。


「民衆」という言葉が好きで、中国だと太平天国の乱がお気に入りであった。
 一方で、「民衆蜂起」の親玉、朱元璋が明を建国して皇帝の位についたときには、悔しがった。やたらと悔しがる人だったのである。


 そういう先生に教わると、生徒も赤方面に行くかというと、これが必ずしもそうではない。


 まあ、中にはそういうやつもいたかもしれないが、少なくともわたしは「嘘くせえなあ」と感じていた。
「民衆」って何やねん、とまあ、大阪弁ではなかったが、大ざっぱで頭でっかちな捉え方を疑わしく思った。


 わたしが高校を卒業したのは1980年代半ばだから、まだ東欧諸国やロシアは社会主義体制で、中国の改革開放も何が起きているのかよくわからない感じだった。


 その後、1990年前後に、東欧・ロシアの社会主義体制は相次いで崩壊。中国も市場経済が進んで、A先生のようなマルクス主義の教師は、今、どうしているのか、と思う。


 相変わらず原始共産制社会から授業を始めているのだろうか。フランス革命を残念がっているのだろうか。朱元璋の即位を悔しがっているのだろうか。


 一度会って、とっくり話を聞いてみたい気もする。

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「今日の嘘八百」


嘘四百三十八 アーサー王が聖剣エクスカリバーを引き抜けたのは、前の人がだいぶ揺すぶっておいてくれたからである。