夏の権力

 夏に仕事でどこかのオフィスへ行くと、よく寒そうにケープ(っつーの?)をはおったり、膝掛けをのせて仕事をしている女性社員を見かける。


 その横では、オッサンが扇子で扇ぎながら、「暑い、暑い、暑い」と唱えていて、どうも、不思議な光景だ。


 夏のオフィスでは、しばしば特別な権力が発生する。それは、冷房の温度を決定できる権力だ。


 一般に、同じ温度でも、女性は寒く感じ、男性は暑く感じる場合が多いようだ。


 人にもよるが、女性のほうが全身にやわらかく脂肪が付きやすい。
 また、女性の二の腕のやわらかい脂肪の付き方が、わたしはこのうえなく好きなのだが、そんなことはどうでもよい。
 男にも、もちろん、脂肪は付く。しかし、どうもこう、ブニョッと情けない付き方をすることが多いようである。


 女性のほうが全身まんべんなく脂肪が付くのに、なぜ寒がりなのかはよくわからない。脂肪の付く・付かないより、血液の循環の問題なのかもしれない。


 で、だ。問題は誰が冷房の温度についての権力を握るか、である。


 男女雇用機会均等法なるものが存在するとはいえ、職場ではまだまだ男性が高い地位に就くことが多い。
 冷房の温度の権力、以下、略して冷度権を「暑い、暑い、暑い」の課長やら部長やらが握ると、悲劇である。


 この手の人は、外から帰ってくると、扇子をバタバタ扇ぎながら、まず「暑い、暑い、暑い」と連呼する。
 オフィスの空調のブイーンという通奏低音など気にもかけず、「クーラー入っているのかね」と文句を言う。そして、若手社員に「もっと温度下げろ」と命ずる。


 女性社員はケープ(だっけ?)の端を胸元に寄せ、膝掛けを引き上げる。痩せている男性社員は熱いお茶かコーヒーを入れに行く。


 わたしもかつてはサラリーマンで、当時のオフィスの冷度権は総務部長が握っていた。この人が絵に描いたような暑がりで(あまり「暑がり」を描いた絵を見たことはないが)、夏場になるとオフィスのあまりの寒さに、体調を崩す社員が続出した。
 まったく、マンモスを連れてきたら、冷凍にできるんじゃないか、と思うくらいだった。


 冷度権については、なぜか、まわりが口を出しにくい空気があり、また、そういう空気があるからこそ、冷房の暴君が生まれるのだが、意を決して「寒すぎて、全員、仕事になりません」と言ったことがある(わたしだって、やるときはやるのだ。生涯に一度きりだが)。


 思わぬ下っ端からの文句と、オフィス全体の肯定の視線のなか、温度は3度引き上げられた。
 勝利の喜びのなか、その日のオフィスは活気づいた。


 しかし、2、3日すると、「暑い、暑い、暑い」という連呼と、「クーラー入っているのかね」は、何事もなかったかのように復活した。
 そうして、真夏のオフィスに冬の時代が再び訪れたのであった。


▲一番上の日記へ