「ちょっと」

 ここのところ気になっているのだが、仕事方面というか、あらたまった場で「ちょっと」という言葉が多用されているように思う。「ちょっといいですか」、「ちょっと思ったのですが」「ちょっとそういうふうに、ちょっと言いたい」などと、いろんな言葉にくっつく。時には「ちょっと大変」、「ちょっと非常に心配」、「ちょっと緊急」などと、どっちなんだ! と言いたくなる使い方がされたりする。最近の傾向なのか、昔から多用されているのだがおれが気づかなかっただけなのかは、わからない。

「ちょっと」をつけたくなる心理は何なのだろうか。

 日本のコミュニケーションには、言葉を弱めたがる傾向がある。「少しおかしい」とか、「やや強め」とか、その手の丸める言葉をよく使う。「ちょっと」もその類かもしれない。「白髪三千丈(約10km)」「千万人といえども我行かん」「悪事千里を走る」といった誇張の多い中国的表現とは対照的である(もっとも、おれは中国語ができないので、中国の生なコミュニケーションの実態は知らないのだが)。

 あるいは、これも日本のコミュニケーションの特徴だが、相手に対する遠慮やおそれのようなものが反映しているのかもしれない。「ちょっと」と言葉をやわらげることによって、人間同士の生なぶつかりあいをやわらげようとするのだ。「ちょっと」という言葉が家庭内や友人同士の気楽な関係より、仕事の場でよく使われることからすると、そう考えることもできそうだ。

 もっとも、仕事の場、あらたまった場といっても場合によるのであって、たとえば、日露戦争日本海海戦で「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモチョット浪高シ」では士気が今いちあがらなかっただろうし、終戦詔勅が「朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テチョット時局ヲ収拾セムト欲シ 茲ニチョット忠良ナル爾臣民ニ告ク」ではどこまで本気なのかと疑りたくなる。ましてや、「千万人といえども我ちょっと行かん」では、意志が強いんだか弱いんだか、わけがわからない。

 これをお読みの方は仕事など、やや硬い場で「ちょっと」という言葉遣いに気をつけてみるといい。多用されていることにおそらく驚くと思う。「東郷元帥」の画像検索結果

「勝って兜の緒をちょっと締めよ」