物忘れ

 おれも生きている時間がだいぶ長くなってきて、このところ、老化現象に悩まされている。

 ……などとゆるい慣用句として「悩まされている」と書いてしまったが、本当のところは悩んではいない。運動能力はもともと笑ってしまうほど低いし、体の代謝機能が衰えても腹が出っぱるだけである。幸い腰痛には見舞われておらず、肩は凝るけれども、おれの抱える数多くの不調のひとつにすぎない。思考力が衰えても、幸か不幸か人様に迷惑をかけるようなポジションにいないので気楽なものである。チャレンジのラインが低いと、こういうとき、便利だ。

 老化現象を実感するひとつに物忘れがある。「ああ、あれをしなきゃ」と思っても、すぐに忘れてしまう。コンビニに買い物に行って、何を買いに来たのか、忘れていることもある。トランプの神経衰弱をすると、マジで苦しい。ニワトリは三歩あるくと記憶をなくすというが、まあ、三歩とはいわないけれども、五歩で忘れる。

 

 ……という文章を三日ほど前に書いたのだが、続きを書くのを忘れていた。

 

 ……という文章を一週間ほど前に書いたのだが、続きを書くのを忘れていた。

 

 ……という文章を二週間ほど前に書いたのだが、続きを書くのを忘れていた。

 

 ……という文章を一ヶ月ほど前に書いたのだが、続きを書くのを忘れていた。

 

 ……という文章を三ヶ月ほど前に書いたのだが、続きを書くのを忘れていた。

 

 ……という文章を半年ほど前に書いたのだが、続きを書くのを忘れていた。

 

 ……という文章を一年ほど前に書いたのだが、続きを書くのを忘れていた。

 

 ……という文章をだいぶん昔に書いたのだが、続きを書くのを忘れていた。あれから百年が経つ。