納豆世界

 朝、ネバネバ糸を引く納豆飯をワシワシ食いながら、ふと思った。
「納豆菌が突然変異で大増殖を始めたら、世界はどうなるであろうか?」
 頭の奥にはJ.G.バラードSF小説「結晶世界」があった。
「結晶世界」はあらゆるものが文字どおり結晶化していく世界の話である。といっても、おれが読んだのは高校生か大学生の頃で、何しろ血気盛んな年頃だから、劇的展開の少ない「結晶世界」は少々退屈に思えた。ただ、(確か)結晶化した森の中を主人公が駆け抜けるシーンがあり、その美しいイメージは、読んでから三十年経った今ではおれの中で結晶化している。
 話を納豆菌大増殖世界に戻す。この世界では、突然変異を起こした納豆菌がありとあらゆる有機物を発酵させ、例のネバネバを作り出すのだ。動物もネバネバ。植物もネバネバ。プラスチックもネバネバ。当然、人間も納豆菌に触れると、脳から筋肉、内臓までネバネバ化するから、恐慌に陥った人間どもは納豆化して糸を引く世界から逃げ惑うのだ。ワハハハハ。ゾンビ映画を超える恐怖ではないか。
 当然、片方が納豆菌にひそかに侵されたカップルがチューなんぞしようもんなら、もう一方も納豆化してネバネバである。主人公の男の「いいのか。おれはもう侵されているかもしれないんだぜ?」というセリフに、「いいわ。あなたとなら納豆になれる」という女主人公の返しも期待できる。
 我ながら素敵だ。ハリウッドでCGを駆使して映画化してくれないだろうか。ただ問題は、ハリウッドの人々がネバネバ糸を引く納豆なる食べ物を理解できるかどうかである。