夢のアナキズム

 先週に続いてアナキズムの話。
 アナキズムの理想とする世界について歌った有名な曲がある。ジョン・レノンの「イマジン」だ。

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion, too
Imagine all the people
Living life in peace



(……)


Imagine no possessions
I wonder if you can

No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world



想像してごらん、国家なんてないと
そんなにむずかしくはないさ
何かのために殺したり死んだりすることもない
宗教もない
想像してごらん、すべての人が
平和に暮らしている



(……)



想像してごらん、所有なんてないと
想像できるかな
貪欲やハングリーになる必要もない
人類の兄弟愛
想像してごらん、すべての人が
すべての世界を分け合っている

 戦争やテロなど、強烈な暴力行為が起きるとよく「イマジン」が歌われる。そういうシーンを目にしたり耳にしたりするたびに、おれは皮肉な気持ちになる。皮肉なシーンだと思う。「イマジン」を平和についての歌となんとなく思っているのではなかろうか。国家がなく、所有もなく、兄弟愛のもとで分かち合って暮らす世界。「イマジン」は本当はアナキズムの理想を謳った歌なのである。
 ただ、もしアナキズムが実現したとして、それが幸福な世の中かというと、甚だ疑問だ。
 アナキズムの理想は、心身の健康な人がもっぱら想像するものだとおれは思う。少なくとも現代社会で、ひどい苦痛を体験した人はおそらくアナキズムに賛成できないのではないか。
 理由はおれが思いつくだけでも4つある。
 まず、大都市は確実に崩壊する。理由は割に単純で、権力機構がなければ下水を維持できず(あるいは下水を維持しようとすると官僚機構が必要になり)、伝染病が蔓延するからだ。そして、人が苦しむ。
 2つめに医療の不足による苦痛あるいは死。
 現在の経済は法律の強制力の下で動いている。政府がなくなれば法律が機能せず、経済は劇的に縮小するにちがいない。その結果、高度な医療システムは維持できず、医療で苦痛を癒している人には苦痛が舞い戻る。最大の問題は、乳幼児の死亡率が劇的に上がることだろう。乳幼児本人の苦痛や死の残酷さはもちろん、その親の嘆き、苦しみもどれほど深く、長いだろうか。
 人類は長い歴史をそうやって生きてきたのだ、などという意見は非常にのん気で無責任だと感じる。少なくともおれは、乳幼児はなるべく死なないほうがよいと思う。
 3つめとして、怯え。アナキズムの理想とする社会はもっぱら人間の善意や優しさに頼っているけれども、人間には身勝手さも狡猾さもスケベ根性もある。そうした「悪」を抑えるには宗教による強力な脅し(「地獄に落ちるぞ!」)か、コミュニティによる制裁(村八分の恐怖のような)が必要になるだろう。怯えが根底にある社会は、アナキストが考えるほどいいものだろうか(もっとも、今の社会も別の種類の怯えが根底にあるけれども)。
 最後に、飢え。アナキズム的なコミュニティがつくり出せる食物は限られる(科学技術の支援も、インフラの恩恵もなくなるから)。遠くに運ぶこともできず、飢餓が広がるにちがいない。
 ただ、幸か不幸か、アナキズムはおそらく実現できない。アナキズムを理想とする人がいても、国家体制を覆すのはまず無理だろうからだ。権力嫌いのアナキストは軍隊的な権力機構も嫌うから、秩序だった軍事行動を取れない。ゲリラやテロ行為は可能だが、ベトナム戦争テト攻勢のような大規模な軍事行動は不可能だろう。結果、彼らは市民社会にとって迷惑な、散発的な暴力行為に終始することになる。
 もしアナキズムにチャンスがあるなら、世界レベルでの核戦争か、地球レベルの大災害の後くらいか。いずれにしろ、巨大な苦痛と大量の死が伴う。
 人の夢と書いて「儚い(はかない)」。アナキズムの夢は儚い。

アナキズム入門 (ちくま新書1245)

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