神話、伝説、事実

 前回書いた史記は漢の司馬遷が紀元前91年頃に完成させたものだそうだ。黄帝、堯、舜などの五帝に始まり、司馬遷の仕えた武帝の時代まで記している。

 読むと、古い話から順に、「神話」、「伝説」、そして司馬遷が直接体験したり耳にしたりした「事実」の3つのフェーズがあるように感じる。

 五帝の時代から、禹の始めた夏(か)までは神話である。殷は伝説と神話の中間的な印象(古事記ヤマトタケルのような感じ)。周から春秋、戦国、秦、項羽、漢の初期までは伝説の色が濃い。文帝、景帝、武帝の頃の話は司馬遷にも近しく、また王朝の基礎が定まって官吏による記録も多いせいもあるだろう、直感的に事実、あるいはそれに近いものと感じられる。その分、読んでいて面白みはあまりない。

 史記の内容が躍如して面白いのは、春秋から、項羽と漢の劉邦の争いの頃までである。この間、多くのスターが登場する。漢の建国が紀元前206年だから、史記が成立した紀元前91年までに115年が経っている。今日(2017年)から逆算して115年前といえば1902年。日露戦争の前くらいだ。

 115年は事実が伝説化するのに十分な時間だろう。司馬遷の頃と現代では話の伝わり方や記録の仕方が全然異なるから、伝説化のプロセスは違うだろうけれども。